第156話 アンデッドの狂宴

「あ! ホリーちゃん! 大変だ!」


 私たちがヘクターさんを探そうとすると、なんとヘクターさんのほうから私たちのほうにやってきた。


「突然ゾンビが湧きだしたんた。しかもそのゾンビは聖騎士の連中なんだ」

「え? ゾンビが!? ヘクターさん、大丈夫ですか? 噛まれてませんか?」

「大丈夫だよ。ただ、とにかく聖騎士の連中が次々とゾンビになるんだ。赤黒いガスに触った聖騎士の死体がすぐにゾンビになってるんだ」

「えっと?」


 ヘクターさんもずいぶん混乱しているようだ。


 ゾンビというのはゾンビに噛まれるか遺体を火葬せずに放置したらなるものであって、ガスに触れてなるなんてことはないはずだけれど……。


「つまり、そのガスには死体をゾンビにする効果があるんですね?」

「殿下、そのとおりです」

「……ということはゾンビの件の首謀者は教皇ではなかったということですね」

「えっ?」

「ホリーさん、ゾンビを無から生み出す魔道具を作ることができる者が相手です。死体をすぐにゾンビにする方法を知っていても不思議はありません」

「あっ……」

「ゾンビとなると、一刻も早くその発生源を潰さなければ大変な事になります」

「でも、どうやって?」

「同じように奇跡の力に頼ることになります。まずはそのガスの発生を止めるところからです」

「はい。でも、首謀者を捕まえないと……」

「聖導教会の本部でこれをやったということは、おそらく敵はこの地を放棄するつもりなのでしょう。鳥郵便で魔王陛下に進軍をお願いしておきますので、逃げるものはそちらに任せましょう」


 魔王様がやってくれるならそこは心配ないだろう。


「わかりました」

「はい」


 エルドレッド様はすぐさま筆を走らせると、鳥郵便を窓から飛ばした。


「さあ、行きましょう。ゾンビを排除します」

「はい!」


 こうして私たちは一階へと降りていくと、そこは地獄絵図と化していた。倒したはずの聖騎士たちが立ち上がり、緩慢な動きながらも武器を持っていない人々を次々と襲っている。


 そのうちの一部はこちらにもやってくるが、エルドレッド様が青い炎を出して一瞬にして焼き払った。


 そしてその臭いに反応したゾンビが一斉に燃えたゾンビに集まってくる。そこをエルドレッド様が再び青い炎で燃やし、再びその臭いに反応してゾンビが集まってきた。


 それをしばらく繰り返していると、周囲にいたゾンビたちはすべて燃えて灰となった。


「大丈夫ですか?」


 私はゾンビに襲われていた女性に駆け寄った。そこにはしっかりとゾンビの歯形がついている。


「治療します」


 すぐさま浄化の奇跡と治癒の奇跡を発動して治療を行った。これでこの人がゾンビになることはないはずだ。


「え? せ、せいじょ……様?」


 しかし私はそれを無視して他の怪我人を確認する。だがどうやら生き残っていたのは彼女一人だったようだ。


「エルドレッド様、あとはもう全員手遅れです」

「そうですか。では燃やしましょう」


 エルドレッド様はそう言って残された遺体をすべて青い炎で燃やした。


「ひっ? ま、魔族……」


 先ほど助けた女性が小さく悲鳴を上げた。


 ……魔族がなんだというのだろうか?


 エルドレッド様が助けなければあの女性だってゾンビに食い殺されていたというのに。


「早く避難してください」


 モヤモヤした気持ちを抱えつつもそう伝え、赤黒いガスの出所を探して歩きだす。


 すると今度は向こうから骨が歩いてきた。


 え? あれってもしかして……!


「スケルトン、ですね」

「ホンマや。スケルトンや」

「あれが……」

「まさか、あの晩と同じ……」


 マクシミリアンさんがわなわなと震えている。


「あの晩?」

「姫様がお生まれになった日のことですじゃ。あの日もスケルトンが現れ!」


 マクシミリアンさんは悔しさを隠しきれないようで、大きな声でそう言った。


「私が浄化します」

「姫様、スケルトンは粉々に砕いたうえで燃やすことで倒せるとソフィア陛下はおっしゃっていました。今はお力を温存すべきかと思いますじゃ」

「どういうこと?」

「ここ、リリヤマール城の地下には国全体を聖域で覆うための祭壇がございます。それを起動すればゾンビもアンデッドもたちまち浄化できるでしょう」

「いや、待てよ。それを使ったからホリーのお母さんは死んだんだろ? そんな危険なものをホリーに使わせるつもりか?」


 ニール兄さんがマクシミリアンさんに食って掛かる。


「ホリーはここの連中には関係ない。ここの連中が俺たちを殺しに来るからやり返しに来てるだけだ。そんで自爆するって言うんなら放っておいてもいいんじゃないか?」

「なっ?」

「俺はそんな連中のために命の危険があるものをホリーに使わせたくない」

「ニール兄さん……」


 たしかに言われてみれば私にそこまでする理由はない。


 一応私が生まれた場所らしいが、生まれてすぐに連れ出されたのだから記憶なんてない。


 お父さんとお母さんだって殺されていてもういないのだ。


「ひ、姫様。それは普段の姫様がお使いになられて危険があるものではございません。あのときのソフィア陛下は極端に消耗した状態でお使いになられたため、命を落とされたのです」

「……」

「ソフィア陛下は毎月一度、祭壇をお使いになられていました。決して危険なものでは……」

「それは使い方を知っていたその人だからなんじゃないか?」

「そ、それは……」


 マクシミリアンさんはニール兄さんの言い分に反論できずにいる。


「んー、とりあえず見に行くだけ見に行くんがええんとちゃうか? アタシもエル坊もおるさかい、見て危険なもんかどうかくらいは分かるはずやで」

「……そうですね。私もまずは見てみてから考えたいです」

「決まりやな。ほなら男ども、とっととあのスケルトンをどうにかせぇや」

「はい!」


 ショーズィさんが真っ先に返事をした。


「おお、ええ返事やな。さすがはホリーちゃんの下僕や」

「ホリーさんのためですから」


 そう言ってショーズィさんがスケルトンの群れに突っ込んでいこうとしたそのときだった。


 突然体中にズシンという重さがかかり、窓の外から入ってくる光が弱まった。


「えっ?」

「なんだ? これは!」


 私たちが慌てて外を見ると、空一面をどんよりした赤黒く禍々しい雲が覆っている。


「な、何あれ?」


 得も知れぬ恐怖が私の背筋を駆け抜けるのだった。

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