第154話 生贄の聖女

「あの……そこでお祈りをしていては……」


 しかし私の言葉が聞こえていないのか、女性たちは微動だにしない。


「あの、聞こえてますか?」

「なあ、この人たち、耳が聞こえないんじゃないか? おい、そこにいると危ないぞ?」


 ニール兄さんがそういって女性の肩を叩くが、やはり反応している様子はない。


「とりあえず、無理やり移動させよう」


 ニール兄さんはそう言うと女性の一人をひょいと担ぎ上げた。


 彼女のあまりに長い髪が床に広がり、踏んでしまうと大変な事になりそうだ。


 ニール兄さんはそのまま魔法陣の外へと運んで地面に降ろすと、彼女はすたすたと歩きだした。


「お、おい!」


 ニール兄さんが呼びかけるが、無視して魔法陣の中央に戻ろうと歩いてくる。


 そんな彼女の目は虚ろで、まったく光がない。


「……もしかして」


 私は聖域の奇跡を発動した。


「ああああああ!」


 彼女たちは揃って絶叫し、頭をブンブンと振り回す。頭の動きにつられてその長すぎる髪がブンブンと振り回され、なんとも形容しがたい状況になっている。


「あ、う、ああ……」


 最初に倒れたのは祈りを捧げていた女性のほうだ。続いて戻ってきていた女性も崩れ落ちる。


 私はそれを確認して聖域の奇跡の発動を止めた。


 するとすぐに彼女たちの胸元から赤い光が溢れだした。


「あれは……」


 彼女たちはすっと立ち上がると虚ろな目のまま魔法陣の中央に行き、祈りを捧げ始めた。


「なんて酷いことを……」


 私は再び聖域の奇跡を展開した。すると先ほどと同じように女性たちは苦しみ、床に崩れ落ちた。


「ニコラさーん! お願いします。この人たちのネックレスを!」

「ん? なんやなんや?」

「胸元のネックレスでこの人たちは呪いをかけられて操られているんです。だからそれを解く手伝いをしてください」

「んー。分かったで。ニール、この姉ちゃんたちの上体を持ち上げるんや」

「はい」


 ニール兄さんが上体を起こし、その間にニコラさんが女性の胸元に手を突っ込んでネックレスを取り出していく。


「はー、なるほどなぁ。エライちゃちな魔道具やなぁ。あとはホリーちゃんでどうにかできるんか?」

「いえ。中に奇跡が通るようにして欲しいんですけど……」

「通るように? ああ、そういうこっちゃな。これでいけるやろ?」

「はい。やってみます」


 私は聖域の奇跡の展開をやめ、解呪の奇跡をネックレスの赤い宝玉にかけて呪いを解いた。


「これで大丈夫だと思います」

「なるほどなぁ。やっぱ奇跡っちゅうんはおもろいなぁ。くぅー! ホリーちゃんを研究するんが楽しみやなぁ」

「そうですか……」


 あれ? なんだか今、ニコラさんのニュアンスがおかしかったような?


「おーい! 姉ちゃん、ここで寝とると風邪ひくで?」


 ニコラさんが女性二人の顔をぺしぺしと叩いているが、起きる気配がない。


「ダメやな。それにこの魔法陣の上は危険やろうしな。ニール君」

「え? ああ。運べばいいんですね」

「せや」


 ニール兄さんが生贄にされかけた二人の女性を魔法陣の外に移動させる。


 そうしていると、エルドレッド様たちも涼しい顔で私たちのほうへと戻ってきた。


「あの、生贄にされた女性たちも助けました」

「こちらも片付きました。外で戦っているヘクター殿に合流しましょう」

「はい」

「ニール兄さん、マクシミリアンさん、その女性を運んでもらえますか?」

「わかりました」


 こうして私たちは召喚の間を後にしたのだった。


◆◇◆


 あらかたの聖騎士を倒した私たちは女性たちを寝かせられる場所を探して建物の中を歩き回っていた。


 すると珍しく女性の兵士が二人並んで立っている場所を発見した。二人はきっとそこから先に進ませないように警備しているのだろう。


「ここから先には聖女様の居室がある! 許可なく立ち入ることは……なっ!? 魔族!? 聖女ヴァージニア様!?」

「聖女シンシア様まで!?」

「貴様ら! 聖女様を放せ! 教皇様と特別な儀式に臨まれたお二人をかどわかすなど! この邪悪な魔族どもめ!」

「貴様らもだ! 邪悪なる魔族に味方するなど、一体何を考えているのだ! 人族として恥を知れ!」


 そう言って剣を向けて来るが、ショーズィさんが一瞬にして二人を取り押さえる。


「おい、この二人は聖女なんだな?」

「ぐっ! それ以外の何に見える! 聖女ヴァージニア様と聖女シンシア様を知らぬとは!」

「そうか。ならこの二人を生贄にして教皇が勇者を召喚しようとしていたことは知っているのか?」

「何っ!? 教皇猊下がそのようなことを!」

「したさ。二回もな。俺は一回目で呼ばれたんだからな」

「なん……だと……?」


 どうやら彼女たちは聖女を生贄にして勇者を召喚していることを知らないらしい。


「それを止めたのが俺たちだ。俺たちが来なければあの二人は死んでいたんだぞ!」

「ぐ……それを……信じろというのか?」

「信じるかどうかは勝手だ。だがあの二人は被害者だ。俺たちの目的とは関係ない。そちらが保護したいというなら保護してくれ」

「何?」


 ショーズィさんの申し出に彼女たちは困惑している。


「……ならいい。他を当たるだけだ。ただ、攻撃してくるのなら殺す」

「ぐ……わかった。聖女ヴァージニア様と聖女シンシア様を引き渡してくれ」

「わかった」


 ショーズィさんが彼女たちから離れると、二人の聖女をニールさんとマクシミリアンさんが引き渡した。


「……感謝する」

「いいから早くベッドで寝かせてやれ」

「わかった」


 ショーズィさんに促された彼女たちはヴァージニアさんとシンシアさんを背負い、奥へと歩いていったのだった。

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