第144話 遺品(前編)

 久しぶりの我が家の前まで戻ってきた。近所の人たちがお店の前も除雪してくれていたようで、すぐにでも営業再開ができそうなほどだ。


「あの、すみません。ここから先は私の個人的なことなので……」

「あ……」

「姫様……」

「ごめんなさい。ニール兄さん」

「ああ。手伝うよ」

「うん、ありがとう。それじゃあまたあとで」

「せやな。なんか困ったことがあったら呼びぃや。金庫でもなんでも壊したるさかい」

「はい。ありがとうございます」


 ニコラさんが常識的な気遣いをしてくれているとなんだか不思議な気もするが、さすがにこういったことは配慮してくれる人なのだろう。


「ほら、部外者はこっちや。それよりショーズィ、知っとること色々と話してもらうで」

「え? ちょっと?」

「今夜は寝かせへんで?」

「え? え?」


 ……どうやら異世界の道具に興味があるだけだったようだ。ロックオンされてしまったショーズィさんがちょっと可哀想な気もするが、話すだけなら実害もなさそうだ。


「姫様……」

「マクシミリアンさんも行ってください。宿の場所が分からなくなっちゃいますよ」

「……かしこまりました。ニール殿、姫様を頼みますぞ」

「もちろんですよ」


 こうしてマクシミリアンさんもニコラさんとショーズィさんの後を追って宿へと向かった。


 彼らの姿が見えなくなったのを確認して、私はお店の鍵を開けて中に入る。


 きっとアネットが掃除をしてくれていたのだろう。かれこれ四か月近くも留守にしていたとは思えないほどにきれいだが、薬の並べられた棚など触りにくい場所には誇りが積もっている。


 さすがにこればかりは仕方ない。ただお薬や素材の中にはダメになっているものもあるかもしれない。


 気になって掃除と棚卸を始めたくなるが、今はおじいちゃんの遺品を調べるのが先だ。


 私は二階に上がり、おじいちゃんの使っていた部屋に入った。


 ここはさすがにほこりまみれになっており、掃除する必要がある。


「ここがグラン先生の部屋か……」


 ニール兄さんはそう言って壁一面の本棚に並べられた本を見てそう言った。


「うん……」


 この部屋に来るとたくさんのことを思い出す。


 ああ、たしか小さいころにいたずらをして怒られたのはこの部屋が多かった。本を大切にしなさいと、いつも言われていたっけ。


 それに薬師としての勉強を教わったのもこの部屋だった。私の薬師としての知識はすべておじいちゃんとここの本によるものだ。


 そして日に日に弱っていったおじいちゃんを看病したのもこの部屋だ。


 老衰だからどうしようもなかったが、それでも奇跡ならどうにか寿命を伸ばせるのではないかと色々と試したのもこの部屋だ。


「ホリー、どこからだ?」

「うん。本はもう全部覚えてるから、それ以外。まずはおじいちゃんの机の引き出しからかな」

「ああ」


 私たちはおじいちゃんの机の引き出しを上から順に開けていく。


 どれも薬に関するものばかりで、それがとてもおじいちゃんらしいと思う。


 そうして上から下まですべて確認したが、それらしいものは見当たらなかった。


「じゃあ、次は金庫かな」

「よし。あれ? 番号は?」

「え? ああ、ちょっと待って。私がやってみる」


 私はまずおじいちゃんの誕生日を試してみたが、開くことはなかった。続いて今度は私の誕生日を試してみる。


 するとあっさり扉が開いた。


「おじいちゃん……」


 私が感傷に浸っていると、ニール兄さんが心配そうにのぞきこんできた。


「ホリー? 大丈夫か?」

「あ、うん。大丈夫。それより中身だよね」


 金庫の中を見てみると、なんとそこにはカルテが保管されていた。


「あ! カルテ! 全部おじいちゃんから引き継いだと思ってたのに」


 急いで内容を確認しようと一番上のカルテを手に取った。そして患者さんの名前を見て私は固まった。


「ソフィア・リリヤマール……」

「え?」

「患者さんの名前……」

「……そっか」


 ニール兄さんは私の頭を優しく撫でてくれた。その気遣いが無性に嬉しくて、私はしばらくの間そのままニール兄さんに頭を撫でられ続ける。


「大丈夫か?」

「うん。ありがと」

「ああ」


 それから私はカルテの内容を確認してみる。するとそこにはお母さんが私を妊娠してから壮絶な魔力枯渇に近い症状で苦しんでいたという記録が残っており、おじいちゃんが様々な薬を処方していたことが記録されていた。


 一枚ずつその記録めくり、最後の一枚にはこう書かれていた。


 七月九日、女児誕生。母子ともに健康。命名、ホリー・リリヤマール。カルテ分割。


「あ、ははは。やっぱり、本当だったんだ」


 そうなんだろうと頭では分かっていたつもりだった。だが、心のどこかで両親は実は生きているのではないかという淡い希望のようなものをいだいていたのも事実だ。


 しかし、おじいちゃんのカルテにも書かれていたのだ。百パーセント間違いない。


 いつの間にか溢れだしていた涙が私の頬を伝い、ぽたぽたとスカートを濡らしていく。


「ホリー」

「……お母さん、本当に死んじゃったの? お父さんも?」

「ホリー」


 ニール兄さんは私からカルテを取り上げて机に置くと、私をそっと抱きしめてくれた。


「うえええええええ」


 私は感情が抑えきれなくなり、ニール兄さんに顔を押し付けて大泣きしてしまったのだった。

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