第117話 報復と遺恨

 一週間ほど経ち、ボーダーブルクにも本格的な雪のシーズンがやってきた。きっともうホワイトホルンは完全に雪に閉ざされているため、年内にホワイトホルンへ帰ることは難しそうだ。


 きっと人生初の、ホワイトホルンではない場所での年越しを経験することになるのだろう。


 それに、もし仮に雪で閉ざされていなくとも私はまだ帰れない。


 今の私の仕事は人族の怪我人の治療をすることなのだが、オリアナさんにそれが終わってからもこのまましばらくボーダーブルクに留まってほしいとお願いされているのだ。


 やはり戦争はまだまだ続きそうなようだ。


 人族は勇者であるらしいショーズィさんをはじめ多数の兵士を失ったにもかかわらず、まだ侵略を諦めていないらしい。


 聖導教会の奴らを中心に、あくまで徹底的に戦うことを主張しているらしい。


 それにオリアナさんをはじめとするボーダーブルクの人たちも人族の国に本格的な攻撃を仕掛けることを主張している。


 これは、ボーダーブルクの人たちの怒りが頂点に達していることが大きいのだそうだ。


 エルドレッド様もこうなっては仕方がないと言っていたし、私もその気持ちは理解できる。


 前回のラントヴィルでの虐殺に続いて、またもなんの罪もない村人たちが虐殺されたのだ。


 魔族は同胞を守るという意識がとても強いため、今回の惨劇さんげきはどうしても許せないのだと思う。


 それに前回の報復が手ぬるかったからこうしてまた攻めてきたのだという声も大きいと聞く。


 私だってブライアン将軍が殺されてとても悲しいし、罪もない人たちが虐殺されたと聞いて憤りを覚える。


 だがこうしてお互いに殺し、殺されるということを繰り返して何かが解決するのだろうか?


 なんとかしてどこかで止めないと、どちらかを滅ぼすまで憎しみの連鎖が止まらないのではないだろうか?


 そんなことを考えながらも、私は目の前の患者さんの治療を行っていくのだった。


◆◇◆


勇者を失った人族の侵略軍はボーダーブルク南砦をあっさりと放棄し、コーデリア峠にまで後退した。


 それに対してブライアン将軍を失ったことで後方に置かれていたエイブラム将軍が前面に立ち、コーデリア峠の奪還を目指して苛烈な攻撃を加えている。


「第一隊、撃てぇ!」


 エイブラム将軍の命令で巨大な岩が宙を舞い、人族が占領しているコーデリア峠の砦に次々と着弾する。


「第二隊、撃てぇ!」


 再び巨大な岩が宙を舞い、次々と着弾する。


「第三隊、撃てぇ!」


 そしてエイブラム将軍は第一隊に再び射撃命令を出す。


 こうして巨大な岩が絶え間なく降り注ぎ、コーデリア峠の砦は数十分も経たずして瓦礫がれきの山と化した。


 するとエイブラム将軍はすかさず突撃の命令を出す。


「突入隊、進め! 捕虜を捕らえるなど考えるな! 敵兵は殺せ! ブライアン将軍の仇を取れ」

「うおおおおおおお!」

「ラントヴィルの惨劇を忘れるな! ヴァルトヴィルを忘れるな! 敵は子を! 恋人を! 親を! すべてを奪い、我々の存在を消し去ろうとしているのだ!」

「そうだ! 人族を殺せ!」


 高い士気を保った魔族たちは続々とコーデリア峠の砦に突入していく。それに対し砦の中で度重なる岩の雨を息を殺して耐えていた人族の兵士たちの士気は低く、瞬く間に魔族の兵士たちに討ち取られていく。


 こうしてエイブラム将軍の指揮の下、魔族の兵士たちはコーデリア峠の砦を奪還した。


 このときコーデリア峠の砦を守っていた兵士の多くは岩と崩れた砦の瓦礫に埋もれて死亡した。


 ボーダーブルクでの敗戦と合わせ、人族は集まった二十万の兵力のうちおよそ半数を失うこととなったのだった。


 だが勇者という切り札を失ったにもかかわらず、人族は諦めなかった。


 聖導教会の聖騎士たちが中心となって兵をまとめ、残った兵士たちを連れてゾンシャール砦とズィーシャードへの退却に成功したのだ。


 こうして岩による飽和攻撃という前代未聞の作戦によって手痛い被害を受けた人族の部隊は立て直され、再び交戦可能な状態となった。


 それに対し、エイブラム将軍は少数精鋭でゾンシャール砦に奇襲を仕掛ける。


 放棄されていたせいで荒れ果て、防御能力の低下したゾンシャール砦であれば奇襲で攻め落とせると考えたのだ。


 だがその目論見は外れ、エイブラム将軍は貴重な精鋭部隊を失うこととなった。


 しかしこれでさらに闘志に火がついたエイブラム将軍はズィーシャードの壊滅を宣言する。


 こうしてホリーの想いとは裏腹に、人族の侵略に端を発したこの戦争は徐々に魔族側の意識をも変え、血で血を洗う報復合戦の様相を呈していくのだった。

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