第2話 勇者召喚

 ここは人族の町の一つであるサンプロミト。ホリーたちの暮らすホワイトホルンから天を貫くほどに高い山々を挟んで南側にある盆地に築かれた町だ。


 ホリーが祖父を失ったのと時を同じくして、サンプロミトの町にある大聖堂の地下ではとある儀式が行われていた。


 巨大な魔法陣からすさまじい光があふれ、そして光がふっと消える。


 すると魔法陣の中心には一人の学生服を着た男の子が立っていた。


「え? あれ? なんだこれ? え?」

「勇者様! ようこそお越しくださいました!」


 戸惑う男の子に対し、司祭服を纏った一人の老人がそう呼びかけた。


「え? 勇者? って誰? え? それ、コスプレ? え?」

「勇者様とは貴方様のことでございます。儂は聖導教会の教皇、ヨーハン十三世と申します」

「えっと……」

「勇者様、お名前をお聞かせ願えませんでしょうか?」

「……滝川将司しょうじです」

「タキガワショーズィ様、でらっしゃいますか」

「あ、いえ。えっと、滝川が苗字で、将司が名前です」

「なんと、ショーズィ様は貴族でらっしゃいますか」

「え? あ、いや、そういうわけじゃないですけど……」


 将司は困惑した様子だ。


「そうでしたか。ではショーズィ様、この度は我らが召喚に応じて下さりまことにありがとうございます。つきましては、我ら人族を苦しめる魔王を打ち倒し、我ら人族に平和をもたらしていただきたいのです」

「……えっと? 魔王が世界征服を目論んでて、勇者がそれを倒す、みたいな?」

「おっしゃるとおりでございます」

「……で、人間じゃどうにもならないから異世界から勇者を召喚した、みたいな?」

「まさにそのとおりでございます」


 将司は額に手を当てて困惑した表情を浮かべると、小さく「どこのRPGだよ」と呟いた。


 そんな将司の様子を教皇は固唾を呑んで見守っている。


 しばしの沈黙ののち、将司はおもむろに口を開いた。


「……それで、俺は元の世界に帰れるんですか?」

「はい。魔王は打ち倒されると、魔力の塊である石を落とすと伝えられております。その石をこの場にお持ちいただければ、元の世界へとお戻りいただけます」

「他に方法は?」

「申し訳ございません」

「はあっ⁉ 結局魔王とかいうのを倒さなきゃなんねーんじゃん! 大体、俺は戦いなんてできねーし! ふざけんなよ!」

「ですが、それしか方法はないので。それに召喚された勇者には皆、神より強い魔力が与えられるのです。ですから鍛練を積んでいただけば、魔王にも対抗することも十分にできましょう」

「んなこと言ったって……部活の応援も頼まれてるし生徒会もあるし、どうしてくれんだよ……」

「ショーズィ様、どうか我らをお救いください」


 そう言って懇願する教皇を、将司は複雑な表情で見ていたのだった。


◆◇◆


「つまり魔族が人や動物をゾンビにしていて、そのゾンビはどんどん増えてて人や動物は絶滅の危機ってことですか?」


 別室に移動して教皇の説明を聞いた将司は、眉をひそめながらも自分の理解を確認した。


「おっしゃるとおりです」


 教皇は二つ返事でそう返した。


「それ、なんで俺じゃなきゃいけないんですか? どうしてわざわざ俺がやらなきゃいけないんですか?」

「魔王の魔力はあまりに強大すぎるです。とてもではありませんが、我々人族では太刀打ちできません。ですが召喚にお応えくださる勇者様であれば例外なく、類まれなる魔力をお持ちだと伝えられています。もはや我々にはそれにおすがりする以外の選択肢はなかったのです」

「でも! 俺は魔力なんて知らない!」

「いいえ。今はそれが覚醒していないだけで、間違いなく巨大な潜在魔力をお持ちのはずです。こちらをご覧ください」


 教皇はそう言うと、聖導教会のシンボルをかたどったネックレスを差し出してきた。そのトップの中央に大きな赤い宝玉がはめ込まれている。


「それは?」

「これは聖導のしるし。ショーズィ様が勇者たるに相応しい魔力をお持ちであることを証明するとともに、身に着けた者を悪しき力よりお守りする効果のあるネックレスでございます。どうぞこちらをお召しになってみてください」

「これを?」

「はい。潜在魔力が大きければ大きいほど強い光を放つと言われております」

「……」


 将司は半信半疑といった様子ではあるものの、おもむろにネックレスを身に着けた。


 すると次の瞬間、とても目を開けていられないほどの眩い光が室内を明るく照らし出す。


「うわっ!」

「おお! 素晴らしい! これほどの光、さすがは勇者様です!」


 しばらくすると光は収まるが、未だにぼんやりと赤い光を放ち続けている。


「いかがですかな? これでショーズィ様にはすさまじい潜在魔力があると証明されました」

「……」

「どうか、我々を救ってはくださいませぬか?」


 将司はしばらく呆然としていたが、やがて小さく頷いた。


「わかりました。といっても本当に俺に力があれば、ですが……」


 すると教皇は満面の笑みを浮かべ、弾んだ声で答えた。


「もちろんございますとも! まずは勇者としての訓練をお受けください。きっと、すぐにその才能を開花されることでしょう」


 そんな教皇を将司は不審そうな表情で眺めていたのだった。


◆◇◆


 それから将司は与えられた自室のベッドで横になり、教皇に手渡されたネックレスをぼんやりと眺めていた。赤い宝玉はすでに光を放っていないものの、室内の光を反射してキラキラと輝いている。


「勇者、ねぇ……」


 そう呟いた将司はサイドテーブルにネックレスを置いた。


「なんなんだよ。俺みたいに普通の高校生じゃなくて武道でもやってるやつにすれば良かったじゃん。そりゃあ、俺はスポーツ万能だっていう自覚はあるけどさ。でもそれとこれは別じゃん……」


 事実、将司は学校で生徒会に属しながらも様々な運動部から試合の度に助っ人を依頼されるほどの運動神経の持ち主ではあった。


 もちろんそれは単に将司の通う高校が有数の進学校であり、運動部にそれほど力を入れていないからという面も大きい。


 もし仮に将司がいわゆるスポーツ強豪校に在籍していたならば、助っ人として呼ばれることなどなかったに違いない。


 再びネックレスを手にした将司はじっと中心の大きな赤い宝玉をじっと見ると、大きくため息をついた。


「でもそんなに困ってるなら、ちょっとくらいはいいかな」


 そう呟いた将司は再びネックレスをサイドテーブルに置くのだった。

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