魔族に育てられた聖女と呪われし召喚勇者

一色孝太郎

第1話 おじいちゃんの遺志

 私の名前はホリー、魔族の暮らす山あいの町ホワイトホルンで暮らす唯一の人族だ。


 魔族しか住んでいなかったこの町に人族である私が暮らしているのは、赤ちゃんだった私を血のつながらない魔族のおじいちゃんが育ててくれたからだ。


 私はおじいちゃんに感謝している。おじいちゃんは私の大切な唯一の家族だ。


 だがそんな大切なおじいちゃんが、本当に本当に大切なおじいちゃんが今日、ついに逝ってしまった。


 享年、七百九十歳。


 半年以上前からずっと体調を崩していたので覚悟はしていた。


 それに魔族の平均寿命は六百歳くらいなので、おじいちゃんは大往生と言っていいだろう。


 私は今年十五歳になり、ちょうど成人した。


 おじいちゃんは私が成人するまでは死ねないと常々言っていたし、それに本当に成人するまでは頑張ってくれた。


 でも……もう少しくらい長生きしてほしかったな。


 せめて私の赤ちゃんを抱かせてあげるくらいはしたかった。


 魔族しか住んでいないこの町で人族の私が結婚できるかは分からない。


 人族である私が魔族の赤ちゃんを産んであげられるかは分からない。


 でも、もしかしたら愛する人を見つけ、赤ちゃんを抱っこできる日が来るかもしれない。


 だって、この町で私が人族だからと差別するような人はほとんどいないのだ。可能性はゼロではないはずだ。


 差別がないのはもちろん町の人たちがいい人たちばかりだということもあるだろうが、それだけではないと思う。


 おじいちゃんが薬師だったということもあるだろうし、私が魔族では使うことのできない奇跡と呼ばれる力を使えるということもあるかもしれない。


 奇跡とは怪我を治したり、ゾンビやスケルトンのようなアンデッドを浄化したりできる力で、人族でも聖女と呼ばれるごく一部の女性にしか使えないのだそうだ。


 私はこの力をおじいちゃんが持っていた手書きの指南書を読んだだけで使えた。


 だからきっと私は人族の間で聖女と呼ばれる存在なのだろう。


 ただ一方で、奇跡が使える代わりに魔法は一切使えなかった。


 これは別に人族には魔法が使えないというわけではなく、単に私に才能がなかっただけだ。


 魔法が使えないと魔道具が使えないため、生活するにはちょっと不便ではある。


 だがそれでも私は奇跡の使い手であることを誇らしいと思っている。だって、薬で多くの人々を助けてきたおじいちゃんの後を継ぐにはぴったりの力なのだから。


 おじいちゃんに教わった薬の知識とこの奇跡を併せて上手く使えば、薬だけでは救えなかった人たちだって救うことができる。


 そうすればきっと私はおじいちゃんののこしてくれたこの小さな薬屋さんを守っていくことだってできるはずだ。

 

 それにそうすることが人族であるあたしを拾ってここまで育ててくれたおじいちゃんへの、そしてずっと優しく温かく接してくれている町の人たちへの恩返しになると思うのだ。


 だから私はおじいちゃんの墓標を前に、心から祈る。


 おじいちゃん。どうか安心して、安らかに眠ってください。私は人族だから、魔族よりも寿命が短いからすぐに死んでしまうけれど、でもちゃんと幸せな人生を送って、それでいつか天国で笑って再会できたら嬉しいです。


 祈りを終えて顔を上げると、視界にはおじいちゃんの墓標が映った。


 おじいちゃんの遺体はきちんと荼毘だびに付したので、ゾンビとなって彷徨うこともない。


「ホリー、もういいのか?」


 私にそう優しく声をかけてくれたのはニール兄さんだ。刈り上げた黒い髪と金色の瞳を持つ一歳年上の幼馴染だ。魔族の男性としては少し低めの身長で、たしか百八十五センチメートルと言っていた気がする。


「うん。ニール兄さん」

「ホリー……」

「アネットも、大丈夫。私はちゃんと、おじいちゃんの後を継いで立派な薬師になるんだから。それに、私は奇跡だって使えるからね」


 アネットもニールと同じ、一歳年上の幼馴染だ。アネットはサラサラの黒髪を肩より少し長いくらいのセミロングでまとめていて、瞳もニール兄さんと同じ金色だ。


 もう想像がついたかもしれないが魔族は全員黒髪だ。瞳は二人のように金色の人が多いが、赤の人もそれなりにいる。あと、人族である私とは違って耳が少しだけ尖っているという特徴もある。


 一方の私は人族だ。そのため瞳は水色で、髪もゆるいウェーブがかった明るい金色だ。


 本当は私も黒髪が良かったのだが、金髪でもおじいちゃんがキレイだと褒めてくれたのでそれなりに気に入ってはいる。


 ちなみに髪はかなり伸ばしていて、なんと膝まである超ロングだ。これほど長いのは自分でもかなり面倒だと思っているのだが、これには一応理由がある。


 なんでも指南書によると奇跡を使うには髪の長さが重要らしく、長ければ長いほどいいのだそうだ。そのため、生活していてぎりぎりどうにかなる長さということで、膝までに落ち着いたというわけだ。


 指南書には聖女は一生涯髪を切らないと書いてあったのだが、人族の町の聖女たちは一体どうやって生活をしているのだろうか?


 とても普通に生活できているとは思えないのだが……。


「ホリー、もう帰ろう? ここは冷えるよ?」

「そうだね。ありがとう、アネット」


 言われて気付いたが、いつの間にか雪がちらついていた。


 ああ、今年の雪はちょっと早いかもしれない。


 私は立ち上がると、おじいちゃんにお別れの挨拶をする。


「おじいちゃん、また来るね」


 そうして私はニール兄さんとアネットに付き添われ、自宅へと戻るのだった。


◆◇◆


 翌朝、私は店の扉を開けて表に営業中の看板を出した。ここホワイトホルンの町に薬屋さんは数えるほどしかない。


 だからおじいちゃんならきっと、薬を待っている患者さんのためにもすぐにお店を開けると思ったからだ。


 とても小さな薬屋さんではあるが、取り扱っている薬の種類は豊富だ。傷薬、お腹のお薬、虫下し、頭痛薬、解熱薬、痛み止め、気付け薬、二日酔いのお薬、さらには抗ゾンビ薬まで必要なものは大抵揃えてある。


 抗ゾンビ薬というのはゾンビに噛まれた傷を洗うときに使う薬だ。この薬を使って洗うことで、ゾンビに噛まれた人が病気になって命を落とすのを防ぐことができる。


 町の中では基本的に必要ない薬だが、町の外でゾンビに噛まれる可能性がある仕事をする人にとっては必需品だ。


 カランカラン、とドアベルが鳴り、扉が開かれる。


「いらっしゃいませ」


 最初のお客さんが入ってきたかと思って扉のほうを見ると、やってきたのはアネットとニール兄さんだった。


「あれ? どうしたの? どこか具合でも悪くなったの?」

「違うよ。あたしたち、ホリーが心配で様子を見にきたの。そうしたらまさかお店が開いてるんだもん。大丈夫なの?」

「ありがとう。でもね。おじいちゃんだったら薬を待ってる患者さんのためにも、きっと休んだりしないって思うから」

「ほら、アネット。ホリーはやっぱりあのグラン先生の孫娘なんだよ。な?」


 グランというのはおじいちゃんの名前だ。この薬屋さんの名前はグラン&ホリーという名前だったりする。


 もともとは薬店グランだったのだが、私が奇跡を使った治療を始めた二年前からはグラン&ホリーという名前に変更している。


「うん、そうだね。でも、無理しちゃダメだからね?」

「ありがとう。大丈夫だから。それに、忙しくしてたほうが気がまぎれそうだし」

「……そっか」

「アネット、私は大丈夫だから」

「うん。でも、本当に無理しないで」

「ありがとう。お昼休みはアネットのお店に食べに行くから」

「本当? 約束だよ? ニールもおいでよ?」

「分かった。お昼にホリーを迎えに来るよ。それで一緒にアネットのお店に行こう」

「うん」


 こうしてお昼の約束を交わすと、二人はお店から出ていった。


 ニール兄さんはこの町の衛兵だ。衛兵は男の子の憧れの職業で、ニール兄さんも小さいころから衛兵を夢見て必死に努力していた。その夢が叶ったのは去年で、新人は仕事が大変だとよく愚痴をこぼしつつも楽しそうに仕事をしている。


 一方のアネットはハワーズ・ダイナーという両親が経営するお店でウェイトレスをしている。


 だから本当は二人とも忙しいはずなのに、こうして心配してくれるのはとてもありがたい。


 でも、いや、だからこそ早くしっかりして、私は大丈夫だって思ってもらわないと!


 それからしばらく待っていると、再びドアベルが鳴った。今度こそ一人目のお客さんだろうか?


「いらっしゃいませ。あれ? ザックスさん? 今日はどうしました? もしかして足場から落ちちゃいました?」


 ザックスさんは近所に住んでいるおじさんで、大工の仕事をしている。


 大工さんとは、魔法を使って岩を変形させたり固めたりすることで家を建て、町を守る街壁の修理をするお仕事だ。実はこのお仕事も男の子に結構人気がある。


 ただそういった仕事柄大工さんは高いところに登らなければならないことが多いため、足を滑らせて転落して怪我をするということが度々あるのだ。


 かくいうザックスさんも昔、二十メートル以上の高さから転落して両足を骨折してものすごく痛かったと聞いたことがある。


「いや、ホリーちゃんが心配でね。仕事に行こうと思ったらお店が開いてたから、心配になってさ」

「もう、ザックスさんったら。私は大丈夫ですよ」


 そう言って私は笑顔を浮かべ、力こぶを作るポーズをした。もちろん力こぶなんかできないのだけれど。


「でも、無理しちゃダメだよ」

「大丈夫ですって。おじいちゃんだったらきっと、お店を開けてましたからね」

「ああ、そうだね。グラン先生ならきっとそうだ」


 ザックスさんはそう言ってどこか懐かしむような表情で微笑んだ。


「じゃあ、しっかりね。無理するんじゃないよ」

「はーい」


 そう言い残し、ザックスさんはお店から出ていった。


 その後もひっきりなしに近所の人がやってきてくれた。その中にはいつも二日酔いのお薬を買いに来てくれる人や酔っぱらって吹雪の中全裸になって風邪をひく常習犯の人たちもいたが、全員私の心配をして様子を見に来てくれただけで薬や治療が必要な人は誰一人としていなかった。


 とてもありがたいし、患者さんがいなかったのはいいことなのだけれども……。


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※この世界では薬師は医師の役割を兼ねています。治療施設のうち患者が入院できる施設を病院と、入院できない施設を薬店や薬屋と呼びます。


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