おまんじゅうより君が好き。

秋穂碧

おまんじゅうより君が好き。

俺の名前は小崎太こざきふとし。名前の通り、太っている。

どうして、こんなに見た目通りの名前を付けたのかと親を恨みたくなったのは一度や二度のことじゃない。でも、恨んだところでどうにもならないってこともよくわかっている。


それなら、痩せてやるしかないだろうとダイエットに取り組んだこともあるが、

それもすぐに挫折した。そう、俺は何をやっても長続きしない。


このまま、太った男として行きていくしかないのだろうと、中学2年生にしてすでに諦めの境地に到達していた。


「太、かの子ちゃんが来てるわよー!」


1階から母親の声がする。階段を降りて玄関に行くと、幼馴染の高本たかもとかの子が立っていた。手にはいつものようにタッパーを携えて。


「こんばんは。これ、お父さんから新作の和菓子」

「ありがとう」


かの子のお父さんは和菓子職人で、いつも新作の和菓子を作っては一番に試食させてくれていた。俺のことをとてもかわいがってくれる人で、冗談か本気なのか俺に店を継いでほしいとまで言ったこともあるくらいだ。


そんな、かの子のお父さんが作った和菓子は世界一美味しい。美味しいのだけれど…。俺はタッパーを見つめたまま、黙り込んでしまった。そこに、すかさず母親が割って入る。


「この子ね、最近、体重気にしてんのよ。女の子みたいでしょ?」

「そうだったの?ごめんね、お菓子持ってきたりして…」

「大丈夫」


気を使われるのは好きじゃない。まったく、お母さんも余計なこと言うなよな…。


「じゃあ、また明日。学校でね」

「おう!」


かの子の家はすぐ隣にある。お互いに一人っ子だった俺たちは、生まれた時からずっと一緒に育ってきた。かの子は笑顔が可愛い女の子で、和菓子屋の看板娘としてみんなに可愛がられながらすくすくと育ってきた。今では、いつの間にか身長も俺より高くなっていた。



次の日、学校へ行くとクラスの女子たちのテンションが異常なまでに上がっていた。

何かあったのだろうか。俺は自分の席に座り、前の席の吉木に尋ねた。


「何かあったの?」

「転校生が来るんだって。男子らしい」


なるほど、それで…。いつも男子のことを単純扱いしてくるわりには、女子もなかなか単純じゃん、と俺は内心思っていた。


「はい、じゃあ、席についてー!今日は、転校生を紹介します」


そう言って、先生は黒板にさらさらと文字を書く。


目黒龍めぐろりゅうです。よろしくお願いします」


切れ長の目に、すらりとしたスタイル。身長はそれほど高くなかったけど、明らかにモテそうな雰囲気がする。そして、声は何だか少し高めだった。


「はい、じゃあ、席は…小崎の隣に座って」


俺の隣の席に座った目黒は、こちらを向いて微笑んだ。


「よろしくね」

「よろしく」


意外といいやつなのかも…。俺も大概、単純だ。



放課後、俺は目黒に声をかけて一緒に帰ってみることにした。


「一緒に帰ろうぜ」

「うん。ねえ、太って呼んでもいい?」

「いいよ。俺も龍って呼ぶ。家、どのへん?」

「駅の近く。うち、ラーメン屋なんだ」

「新しくオープンした駅前のラーメン屋さんって目黒くんのお家だったんだね!」

「うえっ、かの子!?」


俺は突然現れたかの子に驚いて、変な声を上げてしまった。


「何よ?同じ方向なんだから、一緒に帰ってもいいでしょ?」

「別にいいけど…」

「2人は友達?仲良いんだね」

「幼馴染なの。家が隣で、生まれた頃からずっと一緒」

「そうなんだ?いいね。俺、幼馴染がいないから羨ましいよ」


しばらく歩いて、俺たちは目黒の親父さんがやっているというラーメン屋に到着した。暖簾には渋い字体で「煌龍こうりゅう」と書かれている。暖簾をくぐって中に入ると、白いタオルを頭に巻いたこれまた渋い親父さんが俺たちを出迎えてくれた。


「いらっしゃい」

「ただいま」

「おかえり。龍、早速、友達できたのか?良かったな」

「うん!」

「ラーメン食べていくだろ?待ってな、今、用意するから」


ラーメン。大好きだけど、こんな時間にラーメンか…。

思わず俯いてしまった俺に気が付いたかの子が言う。


「あ…私たち、今日はこのまま帰るね。また、絶対食べに来るから!」

「どうして?父ちゃんのラーメン、すっごいおいしいから食べていってよ」


龍は純粋な目でそう言った。俺もこれ以上、誤魔化すわけにはいかなかった。


「俺、自分の名前と体型がすごく嫌なんだ」

「えっ?」

「太ってるし、名前もそのまま太だし…」


龍は少し黙ってしまった後、俺の目を見てゆっくり話しだした。


「太はそのままでいいと思う。俺も、ずっと声が高いことが嫌で仕方なかったんだけど、最近は何かこれも個性の一つなのかなと思って。俺は俺のままでいいのかなって思えるようになったんだ」


俺は俺のままでいい。龍は真っ直ぐな目をしてそう言った。

そうか、何も恥ずかしがることなんてないんだ。


「おじさん、ラーメン食べさせてください」

「あいよ!」


それから俺たちは、熱々の絶品ラーメンを3人で並んで食べた。今までに食べた、どのラーメンよりもおいしかった。


帰り道、俺とかの子は並んで自転車を押しながら歩いていた。


「私は好きだよ。太のこと」


夕日に照らされたかの子は、にっこり笑ってそう言った。

笑顔が可愛いかの子がいつもよりもっと可愛く見えた。


「おまんじゅうより、ずっと好き!」


おまんじゅうと比べるなよ、とその時は思ったけど。今は、かの子の気持ちが素直に嬉しかった。

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