わたしの美しいひと

Bamse_TKE

わたしの美しいひと

『OK?じゃあ、行きます。』


いつも通りのテロップがPC画面に現れる。怖そうなフォントだけどよくみるとかわいいな。


『始まりましたYoutube、異聞怪聞伝聞Youtuberのバムオです。』


朝、人はおはようと言う。それと同じくらいこの挨拶は日常なのだ。そして木琴のワンフレーズ繰り返し、もう耳なじみで聞こえてこないと寂しさを感じるくらいだ。

さて、ここからどう作っていこうかな?


Hello Youtube。動画取材に編集の日々。結果はしょぼいが挫けず進む。祖母の年金、役員収入、僕の生活、支えてくれる。感謝しつつも恩は返せず。いつかの成功、夢見て励む。動画作成、ほめつつ伸ばせ、再生増やせ、自分の動画自ら愛せ。


今回はいつもと少し毛色が違うお話を頂戴した。

『妹の人形が悪い子で困る。』

・・・

ぼくのアカウントを支えてくれるフォロワーさんには一定数こういう感じの人がいる。正直怖い・・・。

心理学者でも霊媒師でも、カウンセラーでもございませんが、ぼくは取材に行ってみることにした。場所は都内某所、ありがたい自転車で行ける距離だ、頑張れば移動費がかからない。ぼくは期待に胸を膨らませながら早速依頼主と日程の調整に入った。


東京は東西に広い。自分の体力は自分でもわかっていたはず・・・。輪行用のバック持っててよかった。自転車と一緒に電車に揺られて依頼主との待ち合わせ場所に向かうぼく。せっかく電車に乗れてすることもないわけだし、情報を整理しますか。

依頼主は道林どうりん美奈子みなこさん。道林家の一人娘で、最愛の妹を亡くし悲嘆に暮れる日々を送っているとのこと。その妹の形見とも言うべき人形が今回の相談案件。聞き分けのないお人形に毎日悩む日々を送る美奈子さん。

う~ん、心霊の匂いよりもメンタル的な不具合の匂いしかしないなぁ・・・

これでは面白味の欠片もない。親身にお話を伺いつつも、それを活かして動画を作ってみるのがYoutuberがYoutuberたる所以。さてそろそろ電車が着くぞと。


指定されたのはオートロックの古めかしいながらも立派なマンション。早速玄関のインターホンに指定された部屋番号を押してみる。

「どちら様でしょうか?」

あからさまに歓迎されていない、中年女性の低い声。早くも挫けそうなぼくだったが、ここまでにかかった電車賃という経済負担がぼくを後押ししてくれた。

「あのー、美奈子さんとお約束させていただいております・・・」

なんとか自己紹介、すると無言のため息とともにオートロックが解除され、目の前の自動ドアが開いた。ドアは開いたもののインターホンの主は全く心を開いてくれないのがわかる。美奈子さんのお母さんかな?

「お邪魔しまーす。」

と言いながらぼくは第一関門の自動ドアをクリアした。


「ピンポーン」

一般的な音色のドアベルを鳴らすと、ガチャガチャと鍵を開ける音がする。ガチャガチャの音が長く続くことから、なんだか厳重な警備が伺える。

「どうぞ」

インターホンの声、おそらく依頼主美奈子さんのお母さんが、いま道林家の玄関でドアを開けてくれた。予想通りのちょっと影がある、黒髪の中年女性。

「お邪魔しま・・・」

道林家に招き入れられたぼくは言葉を失った。なんだこの家、玄関のドアに続いてまたドアがある。玄関のいわゆる上りかまちにもう一つのドアがあるのだ。玄関狭っ。すると美奈子さんのお母さんと思われる人が、玄関側のドアにカギを締め、屋内側のドアにカギを差し込みそのドアを開けた。なんなんだ、この二重扉?屋内で飼い猫を逃がさないように、柵を付けている家なら見たことあるけど、この家はドアが二つある。逃がさないのは猫じゃなくて・・・、人間だったらどうしよう。ぼくはこの家に入ってもよいのだろうか?


迷うぼくを半ば強引に屋内へと招き入れる多分美奈子さんのお母さん。仕方なく追従するとやはり鍵のついた個室へ案内された。鍵を開けながら、

「美奈子さん、お客様ですよ。」

と言いながらぼくを個室に押し込み、ぼくが中にいるままドアの鍵をかけてしまった。ぼくはポケットの中にあったスマホを取り出し、いつなにがあってもすぐに通報できる態勢を整えた。そんな僕の目の前には若い女の子らしからぬスウェットの上下を着た女の子。この娘が美奈子さんで間違いないだろう。しかし何にもないなこの部屋。部屋の外と違い部屋の壁全部にウレタン的な柔らかい素材が張り巡らされ、部屋の中央には美奈子さん。そして美奈子さんの手前には幼児が夏に使うビニールプールがあるだけだ。しかもなんだか部屋の床がじゃりじゃりする。細かい砂が部屋中に巻き散らかされているのだろう。意を決してぼくは声を発した。

「美奈子さん、こんにちは。」

美奈子さんは向こうを向いたまま、首だけを180度回してこちらを向いた。なんてことはなく、ふつうにこちらを振り向いた。美奈子さんの印象は、とにかく日に当たって無さそうな透明感。白い肌が美しい反面、両手はびっしりこびりついた灰色の砂に覆われていた。ビニールプールの中身は砂らしい。

「こんにちは、来てくれてうれしいわ。」

にこにこしながら美奈子さんはぼくに微笑みかけた。少しずつぼくの恐怖が薄れていくのを感じる。すると砂のプールから一体の着せ替え人形を取り出した。

「この子もう少しで妹になるの。妹になったらのお名前は来咲らいさちゃんよろしくね。」

そしてその人形を僕に紹介してくれた。う~ん、なんだろう、失礼ながら想像と違い過ぎてびっくり。話の流れや家の雰囲気からフランス人形とか市松人形的なものを期待していたが、このお人形普通におもちゃ屋で売ってるやつだ。可愛く綺麗なお洋服で着飾っているけど、砂まみれで本体がなんだか全体的に黒っぽい。しかしお人形を砂に埋めるっていったいどういうこと?

「お姉ちゃんのいうこと守らないから、お仕置きされるのよ。お姉ちゃんのいうことを聞いて早く良い子になってね。」

ぼくそっちのけでお人形にお説教を始めるお姉ちゃんの美奈子さん。うーん、これはYoutubeで取り上げてもよい内容だろうか?申し訳ないが美奈子さんの正気は失われているようにしか見えない。美奈子さんはお人形を抱きかかえ、髪の毛についた砂を払っている。なんだか人形がかわいそうになってきた。

「お人形さんかわいそうです。もう埋めるのは止めてあげたほうがよいと思いますよ。」

ぼくは丁寧にアドバイスしたつもりだったが、彼女の目は吊り上げてぼくをにらみつけた。まずいこといったかしら?

「だめよ。この子は良い子にならないと人間になれないの、妹の来咲ちゃんになれないのよ。」

会話がまったくかみ合わない。良い子になる?人形が?人間になる?人形が?

「むかーし、むかし来咲ちゃんがまだ人間の赤ちゃんで私の妹だったころ。」

ぼくをガン無視でお人形に語り掛けるように話し始めた美奈子さん。

「私と来咲ちゃんのお誕生日パーティーがありました。お誕生日に頂いたのは、二つのお人形、私のお人形は来咲ちゃん、来咲ちゃんのお人形は美奈子ちゃん。それぞれお互いの名前がついていたの。この子がその一つよ。」

美奈子さんはお人形を愛おしそうに撫でながら続けた。

「でもね、来咲ちゃんたらお誕生日のケーキをひっくり返してしまったの。仕方ないわね、赤ちゃんだったんだから。」

「でも赤ちゃんでも罰は受けるべきでしょう?だがらお庭に埋めたのよ。」

まるで童話を読むようにとんでもないことをさらっと言う美奈子さん。埋めたって何を?妹の名前が付いたお人形?それとも妹本人?

「すぐ出してあげようと思ってたのよ。でも来咲ちゃん赤ちゃんだったからお口とお鼻に土が詰まってしまって。」

まさか・・・

「仕方ないわね、お仕置きだもの。でもこれがきっかけでお父様は帰ってこなくなっちゃった。お庭があったおうちからもお引越し。私も長い間お仕置きを受けたのよ。色んなお薬飲まされて。」

なんだこの話、ぼくは冷汗が止まらなくなってきた。

「このお人形は来咲ちゃんの代わり、だって妹がいないとつまらないもの。だから毎日いい子になるように躾けてあげるのよ。言うことを聞かないときはお仕置き、でも大丈夫砂だからお口やお鼻に詰まらないし、私もお仕置きが上手になってるから。いつか可愛い人間の来咲ちゃんになれるのよこの子は。」

嘘だろ、嘘だよなこの話。ぼくは震える手足で少しずつドアのほうへ後ずさりした。

「あなたも悪い子だと砂に埋めちゃうわよ。」

微笑みながら美奈子さんが呟いたとき、鍵がかかっていたドアが開いた。どうしてドアを開けてくれたのかはわからない。わからないが千載一遇のチャンスを逃さず、まさに脱兎のごとくぼくは部屋から飛び出した。ぼくが部屋から出るとすぐにお母さんらしき人が美奈子さんの部屋に施錠し、ぼくを追い出すように外に出る二つのドアを開けてくれた。慌てて道林家を飛び出し、非常階段を駆け下り、マンションの外に出たぼく。汗びっしょりになりながらも自分の生還に感激するぼくだった。


あわてて自転車にまたがり家路につくぼく、ぼくに吹き付ける風が冷汗を乾かしてくれた頃ようやく我が家についた。今回は生命の危機を感じるスリリングな取材だった。この苦労をうまく動画に生かさなくては。


【都内某所にて哀しみの身代わり人形に出会う】

悩んだ結果これをタイトルにしてみた。なるべく美奈子さんの異常性を隠し、妹を失った哀しみを人形に投射し、いつの日か人形が妹の代わりになってくれると信じる哀しい姉妹のお話にまとめた。

『M子さんがR咲さんに再開できる日は訪れるのだろうか・・・』

こんなテロップで動画を締めくくる、もちろん個人情報漏れないように名前もうまく隠したつもり。さあ、ぼくの苦労と恐怖よ報われろ。再生回数が回り続ける光景をぼくに見せてくれ。


動画を上げてから数週間、ようやく再生回数が三桁に達したころ、とある男性からぼくにSNS経由のダイレクトメッセージが届いた。

『このお話、もしかして私の妻と娘のことではないでしょうか?』

もちろん個人情報保護の重要性が叫ばれるこのご時世、ちゃんと個人名や住宅が特定されないように動画作ったつもりだったけど・・・

答えに窮していると新しいメッセージが届いた。

『信じてもらえないかもしれませんが、私の元妻は〇×、娘は美奈子と来咲です。美奈子は恐ろしい子です。気に入らないものはお仕置きと称してなんでも埋めてしまう。私は来咲を連れ、妻と美奈子を置いて逃げたのです。』

お母さんは名前聞いてないからわからないが、たしかに娘の名前は一致している。本物のお父さんだろうか?

『いまの来咲さんは?』

ぼくは恐る恐る聞いてみた。

『ここにいますよ、私と一緒にいます。』

よかった・・・

美奈子さんの手で土に埋められたのは来咲ちゃんはお人形のほうだったんだ。

ほっとしたぼくはその後送られてきた写真に腰を抜かした。

その写真にはあの人形と同じように若干黒ずんだ着せ替え人形が、うつむき加減に座っていたんだ・・・

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