第22話 第一村人
驚いた様子の女の人に、口を開けたままの俺。そんな2人の間に一時の沈黙が流れる。
……こんばんはってバカだろ! あぁ、これやばいやつだ。今は驚いてるけど、正気に戻ったら絶対叫ばれるパターンだわ。
いきなり見たこともないやつが目の前に現れ、驚かないわ訳がない。今は思考が停止しているだけだとして、挨拶を返してくれたら最高。ただ、どう考えても騒がれるのは目に見えていた。
どうする? 先手必勝で逃げるか……何処に? 後ろにダッシュして家の裏側を……
「ふぅ。そんなわけないか……こんばんは」
小さな溜め息と同時に、女の人の視線が少し下の方に向く。いきなりの行動に、小さな声で呟いたその言葉の意味は分からなかった。
けど、それより意味が分からなかったのは、笑みを浮かべながら挨拶をされたことだった。
あっ、あれ? キャーとか言わないの? なんで挨拶してくれるの? しかもなにその笑顔と落ち着き。
「えっ……あっ……」
「どうしたの? 固まっちゃって」
「みっ……宮原さん」
腕伝わる何かの感覚。そして後ろからかすかに聞こえた桃野さんの声が、耳に入り頭に届く。
はっ! あぶねぇ。完全に頭の中混乱してた。
腕を掴まれて揺さぶられる感覚と桃野さんの声。それが無かったらどうなっていただろう。ようやくハッキリとした意識の中で、俺はもう1度女の人の顔をじっと見つめてみた。
首をかしげて不思議そうな顔をしている女の人。その様子からは、俺達をそこまで警戒しているようには見えなかった。
あんまり警戒してない? それだったら普通に話せるかも……?
「あの……俺達のこと怖くないんですか?」
「怖い? どうして?」
結構核心を突いた質問をしたつもりだったのに、女の人の答えはひょうひょうとしたものだった。
「えっ、だって……その……俺が言うのもあれですけど、服装やらなにやらが違う人がいきなり現れたら、普通びっくりしますよね?」
変な質問だよな。自分で言ってて変だと思うよ。
不審者が、なぜ不審者を見ても驚かないのか質問をする。自分でもおかしなことだと思うけど、そうでもしないと相手の考えが分からなかった。目の前の女の人の落ち着いている理由が、俺には全然分からない。
「ん……そこまで驚かないかな。君たち
稀人……?
聞いたことの無い言葉が、耳の中を通っていく。その意味の分からない言葉になんて返事すればいいかなんて、もっと分からない。
「それで? 何処から来たの?」
頭の中で理解が追いつかない内に、追い討ちを掛けるような質問。さっきとは違った意味で、頭の中がこんがらがってくる。
どこって……場所?
「えっと……あの……」
口がうまく動かなくて、質問に答えれない。そんな俺が何かを話すのを、目の前の女の人はさっきと変わらない様子でじっと見ていた。
そして、なかなか答えれない俺を気遣ったのか、痺れを切らしたのか分からないけど、おもむろに口を開く。
「なかなか答えられないのも分かるよ。まぁゆっくり落ち着いて? そしてゆっくり思い出して?」
思い出して……? どういうことだ?
「これは推測だけどね、君達はおそらく稀人。その理由は、まず普通の人はここまで来れない。それと、君達の服装。私達の着物とは全然違うから、恐らく江戸あたりの栄えているところのものだと思う。だったら尚更ここに来るのは難しいよね」
まてまて、普通の人は来れない? どういうことだ? てか、稀人ってなんなんだよ。
女の人から出てくる言葉1つ1つが何のことか意味が分からない。考えているうちに、また分からないことが出てきて、永遠にイタチごっこをしている感覚だった。
「あの……すいません」
なんて目が回っている俺の後ろから、唐突に桃野さんの声が聞こえた。しばらく聞いていなかったその声が何だか懐かしくて、思わず桃野さんの方に目を向ける。それと同時に2人から見られた桃野さんは少しオドオドしたような感じだったけど、焦っていた俺には少し時間をくれたような気がして丁度良かった。
「あの……聞きたいんですけど、稀人ってなんですか?」
おぉ、桃野さんナイス!
聞きたいと思っていたことをズバリ聞いてくれる。そんな桃野さんに感謝しか感じない。
「あっ、そうだよね……。稀人って言うのはハッキリ言うと死んじゃった人のこと」
「はっ?」
「えっ?」
その答えが、俺には何を言っているのかよく分からなかった。それは桃野さんも一緒だと思う。その瞬間2人同時に驚くような声が出ていたけど、そんな俺達にお構いなく、女の人は話し続ける。
「落ち着いてってさっき言ったのはそういう事。まぁ、全部あたしの推測だから合ってるかは分からないけど……その可能性は高いと思ったの」
可能性が高い? それって死んでいる可能性ってこと……?
「あの……可能性が高いってどういうことなんですか?」
ますます意味が分からなくて、何も口に出せない俺とは違って、桃野さんは自分が聞きたいことをすぐに問いかけていた。それがとてつもなくすごく感じて、それと同時に羨ましくも感じる。
「さっきもチラッと言ったけど、まずここには普通じゃ来られない」
「それはどうしてですか?」
「ここはね山の中にあるの。ここに来るまでは、山道を通って来ないといけないんだけど、その山道っていうのはほとんど崖みたいなところなのよね。山の周りを歩くような感じで。それが12年前の地震で全部崩れちゃったの。だからここに来るのは難しい」
山道……?
たしかに林檎畑あるところから、さらに上に繋がる道は無かったし、聞いたことも無い。だとしたら本当に山道自体が崩れてなくなったのかもしんない。それに、千那が言うには、式柄村は森白山の中に存在しているはず。だったら、この近くには湯鶴があるはずだった。
「ちょっと待って……ここって白森山ですよね?」
「そうだよ」
「それで、ここは式柄村?」
「そうだよ。よく知ってるね」
「だったら、白森山の麓にも村はありますよね?」
「あるね」
「それって鶴湯ってところじゃないですか? 俺知ってるんだけど」
桃野さん達の話を聞いているうちに、俺は少しずつ冷静さを取り戻していた。質問された時には驚くことばかりで戸惑ったけど、それを客観的に聞く立場になった途端にそれはなんなのか、どうしてなのかが頭の中に浮かんでくる。
さっきまで出てこなかった言葉が自然と出てきて、何かから開放されたようなそんな感じだった。
「鶴湯……? 分からないな。麓にあるのは
えっ、まじか……。鶴湯じゃない?
「だけど……その羽立村も地震でなくなっちゃったよ」
なくなった!?
麓にあるはずの村が鶴湯じゃないってだけでも少しがっかりだったのに、さらにその村がなくなった。追い討ちを掛けるようなその言葉を聞きたくは無かった。
「なくなった……?」
「うん。山道ってさ、あっちのほうに下っていくようにあったんだ」
そう言うと女の人は、俺達の上の辺りを指差す。その指の先を目で追ってみると、そこには……高く、横に続く岩の壁があった。
「ここからは麓の様子は見えないんだけどさ、地震の後に村の男何人かで、かろうじて崩れてない山道の部分伝ってなんとか麓の様子を見に行ったのさ。そしたら、羽立村は火に包まれてたんだって。煙も凄くて、火の赤い色と白煙に覆われていて、一目見た瞬間、羽立村は終わったって悟ったって」
地震? 火?
「1人だけだったら、見間違いもあったかも知んないけど、様子を見に行った5人全員がそれを見てたからね……それから羽立村は無くなって、あたし達は完全に孤立したんだ」
まっ、まてまて、よく考えろ。じゃあ、俺が住んでる鶴湯はなんなんだ?
今の話を信じたくは無かった。でも女の人が嘘をついてるとも思えないし、嘘をつく必要も無いと思う。だとしたらこの女の人は、式柄村の人たちは、本当に村がなくなったって信じてるに違い無かった。だけど、俺は鶴湯に住んでいたし、旅館だって11代も続いているから……年代的には150年前にもあったはず。だとしたら考えられるのは……この人達の勘違い。それしか考えられなかった。
「だから、あなた達がここに来るのは難しいの。稀人じゃない限りね」
淡々と話すその声に、俺は視線を戻すと女の人と目が合う。見れば見るほど、その表情と話す雰囲気は嘘をついている様には見えない。それどころか、俺達を気遣うような優しさにも思える。
「ねぇ、うち入る? 暗くなってきたし、あなた達もまだ聞きたいことあるんでしょ?」
「えっ……」
家? まじか?
驚く俺達を尻目に、笑いかける女の人が暖かく見える。だけど、そうなるとなぜそこまでしてくれるのか、ますます分からなくなる。
「身構えなくても大丈夫よ。あっ、もしよかったら名前教えてくれる?」
そんな俺の様子が分かったのか、女の人はそう言っておれ達の方を眺めていた。
まぁ、悪い人ではなさそうだし別にいいか……
そんな事を考えていると、先に口を開いたのは桃野さんだった。
「もっ、桃野真白です」
「宮原透也です」
桃野さんの後に続くように自分の名前を言うと、
「宮原くんと、桃野さんね……ありがとう」
もう1度おれ達に微笑みかけた後に、続けてゆっくりと口を開いていく。
「あたしの名前は、
そう言って、背中を向けるとゆっくりと歩いていく真千さん。俺達は一瞬顔を見合わせると同時に頷くと、案内されるかのようにその後を追って歩き出した。
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