桃野真白という少女
第8話 殻の中
「――――――良かったわね」
「――――――だな」
パパとママの会話がうっすら聞こえる。
そっと目を開けると、助手席に座っているママと、車を運転しているパパが見楽しそうに話をしていた。
ふふっ。すごく楽しそう。
「おばあちゃん! ありがとう!」
「大事にしてね?」
横から聞こえてきた声の先では、おばあちゃんと
自分の身長と同じくらいの大きなワニのぬいぐるみを大事そうに抱きかかえる|真言に、それを笑顔で見ているおばあちゃん。
どっちも嬉しそうで、見ているこっちも自然とにやけちゃう。
「――――――かんに行きたいわね。
聞こえてきたママの声に、私は視線を戻す。
「ん? なに?」
「どうしたのよ、ボーっとして」
ママは不思議そうな表情を浮かべながら、横目でこちらを見ていた。何度か私を呼んでたみたい。
「ごめんごめん。なんでもないよ。それで?」
「それならいいけど……あっ、後ろにあるママのバックからお財布取ってくれない?」
ママはそう言うと、車の後ろを指差した。座席の後ろには、私達の荷物が入っているボストンバックやお土産が置かれている。
「うん。分かった」
「お願いね」
体を後ろに向けると、背もたれを乗り越えるような格好でバックを探し始める。真言のバックに、パパのリュック。その横にママのバックがあった。
これだ。よいしょっと。
私はそれを掴み、自分の膝の上へと乗せると……バックを開けて、ママの財布を捜し始めた。
あった。
バックの内ポケットに入っていた財布を掴むと、それをママに渡す。
「はい。ママ。」
「ありがとう。真白」
ママは少し微笑みながら財布を受け取ると、体の向きを変えて運転しているパパとまた何かを話し始める。
ホントに仲良いなぁこの二人。
その様子を見てると、しみじみ感じてしまう。二人のアツアツぶりを再確認すると、わたしはバックがまだ開けっぱなしだったのを思い出した。そしてバックのファスナーを閉める為に、少し屈んだ時だった。
「ねえちゃん! ガオー」
その声の方を見る間もなく、目の前が真っ暗になる。そして何かモコモコした肌触りの物が顔に当たって、その勢いのまま後ろの方へ倒れこんだ。
「にしし! びっくりした?」
体全体に覆いかぶさった何かの後ろから、真言の声が聞こえる。
「ちょっと、真言?」
私はそう言いながら、覆いかぶさっている物を両手で掴み、少し上に押し上げる。モコモコとした肌触り、そして両側へ付き出している手。それは、さっき真言が抱き締めていた、大きなワニのぬいぐるみだった。
「もうっ、びっくりしたよ」
「へへっ、ごめんごめん」
ぬいぐるみの横から覗きこんでいた、笑顔の真言に釣られて思わず笑ってしまう。ただ……
「ん? なんだ? あのトラック」
「ちょっと! こっち来てない?」
前から聞こえたその声に、わたしと真言の笑顔は一瞬で消えた。
ママとパパ? どうかしたのかな?
そう思った瞬間だった。
「まずい! 突っ込んでくる!」
「みんな屈んで! 早く!」
さっきまでとは違う、パパとママの言葉にわたしはぬいぐるみを少しずらして、前のフロントガラスを見つめた。その瞬間、私の目に眩しい光が入る。それはとても眩しく、そして段々と大きくなっていく。
「くそっ!」
「きゃあぁ!」
パパとママの叫び声が聞こえた時、車が急に左に曲がって、それと同時に大きなブレーキ音が耳に響く。
あれ? どうして? あんなに楽しかったのに。 みんな笑ってたじゃない?
どうしてこうなってるの? なんで? 嫌だよ。
嫌。こんなの嫌。嫌。イヤ。イヤ! イヤ!!
「嫌ぁ!!!」
目を見開いた先には、見慣れたベージュのカーテン。いつの間にか上半身が起き上がっていて、呼吸は荒くなっていた。額からは静かに汗がこぼれてる。
私はその汗を右手で拭くと、その掌を少し眺める。そして視線を上げるとゆっくり辺りを見渡した。そこに広がっていたのは、いつもと変わらない自分の家のリビング。そしてそれが分かった時、私は思い出してしまった。
あぁそうだ……私は……
家族を失ったんだ。
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