第15話 お嬢様とゲームセンターへやってきました②

「リョータロー」


 勝ってレースを終えたアヤノは嬉しそうに俺の名前を呼んだ。

 

「ん?」

「あれやりたい」


 彼女の指の先には女子中高生に人気のプリント倶楽部があった。

 今もキャピキャピの女の子達が楽しそうにはしゃいでいるのが見える。


「待て待て待て。プリクラは男子禁制のはずだぜ?」


 あんな中に俺が入ってしまったら生気を吸い取られてしまいそうなので適当な事を吐かす。


「ほら、ここの注意書きに【男性の方はご遠慮下さい】って書いてんぞ」


 プリント倶楽部コーナーの出入口に看板が立っているのを指差す。


「【男性の方『のみ』は――でしょ?」

「まぁ落ち着けアヤノ。あそこはカップルか女友達のみしか立ち入れない禁断の場所だ。俺達みたいなのが行けばその光に飲み込まれて消滅してしまうだろう」

「何を言っているの?」


 確かに何を言っているのだろう。俺は――。


「ともかくだ! 俺達の関係性はなんだ?」

「私達の関係? 何?」

「質問を質問で返すなあー!!」

「それは礼儀に反していた」


 そう言った後にアヤノは少し考える。


「――リョータローとの関係――私のパシリ?」


 考えた結果超ストレートの言葉が飛んでくる。

 もうちょっとひねってくれても良かったのでは?


「あーあ! 間違っちゃいないけど言っちゃったよ。言っちゃいけない事言った。言っちゃいけないタブーをよ……これはつらい。つらいからもうこの場から去らないと行けない。しょうがないよなー。だってつらいもん。という事で違う所に行こう」

「リョータローはどう思ってるの? 私との関係」


 ガン無視。


 大袈裟な欧米風のリアクションをしている俺の落胆など気にもとめず聞いてくるアヤノ。


「そりゃお嬢様だろ」


 紳士風にお腹に手を持っていき1礼してみせる。


「貴方の世話をするのが仕事ですからね」

「それじゃあプリクラを撮るのが今のアナタの仕事。行くよ」


 しまったわ。墓穴掘った。


「ちょ! そんな仕事あるかっての!」

「何でそんなに嫌なの?」

「何でそんなに撮りたいの?」

「質問を質問で返すなぁ」


 このやろ。俺の好きな台詞をパチリやがって。パチるならテンション上げてけよな。


「質問文に質問文で答えるとテストでは0点だもんな」

「どういう事?」

「いや……」


 あっれー。これは知らないんだ……。まぁ良いか。


 俺は咳払いをして答える。


「その……。ちょっと、どんな顔して撮ったら良いか分からないからさ。それにプリクラって盛るだろ? それに映った自分の顔が見るに耐えかねないからだよ」

「それだけ?」

「そうだよ。悪いか?」

「別に」

「――それじゃあアヤノは何でそんなに撮りたいんだ?」

「撮った事ないから」

「え?」

「今まで撮った事ないから撮ってみたい」


 今時、撮った事がない女子中高生がいるだろうか? いやいや、まさか――。

 疑問に思ったが、アヤノはこういう性格だ。友人も多くないだろうし、その発言は嘘ではないのだろう。


 なんだか辛い事を言わせてしまったみたいである。


「そ、そうか。そうだったんだな……。でも初めて撮る相手が俺で良いのか?」

「他に撮ってくれる人なんていない」


 そんなん言われたらめっちゃ気使うやん……。


「あ、あー……。あははー。そ、それじゃあ撮ります?」

「撮る」

 

 どうやら俺の撮りたくない理由より彼女の撮りたい理由の方が強烈な為、俺はしぶしぶとプリント倶楽部コーナーへ入って行く。


 プリント倶楽部コーナーへ近付くたびに少しずつ身体が浄化される――気がする位にアウェーな女の子達の中に入って行く。

 アヤノは悠長にどのプリント倶楽部で撮るか品定めをしている。

 俺からしたら違いなど全く分からないので、そんな事よりもこんな所にいてると天に召されてしまいそうになるから適当に空いている所に素早く入る。


 なんとかキャピキャピ女子達の魔の手から逃れる事が出来たが、プリント倶楽部の中は中で、こんなに照明明るくする必要あります? って位に明るい。明るすぎて目がいてぇ。

 そしてパリピ女子が聞きそうなBGMが流れており、これのフルを聞いている人はいるのだろうか? 何て疑問に思ってしまう。フルを聞いている人は是非カラオケで聴かせていただきたい。


『コインを入れてねー』なんて先程のUFOキャッチャーとは全然違うパリピな機械音が聞こえてくる。

 アヤノが小銭でパンパンの財布からお金を取り出して挿入すると『モードを選択してね』と馴れ馴れしく言ってくる。


『可愛く盛っちゃ――』

『自分のご――』

『カットはこ――』


 素早くアヤノが操作するのでパリピ女子が台詞を言わせてもらえずに論破されているみたいになったので面白くてつい笑いそうになった。


『それじゃ撮影スタート。まずは皆でイェーイ』


 機械がポーズを推奨してくるが、お互いそんなポーズを取る事なく突っ立ってカメラを見る。


 ふっ。これじゃあイェーイじゃなくて遺影だな。


 しかし、アヤノの奴。撮りたいと自分で言っていた割には乗り気じゃない。

 色々なポーズをするのもプリント倶楽部の醍醐味じゃないの? 知らんけど。

 

「アヤノ。ピースくらいしても良いんじゃない?」

「何で?」

「いや、そういう物なんじゃないの?」

「そうなの? ならそうする」


 次の撮影ではお互いピースをするが、これじゃ普通の写真と変わらないな。


「もう少し砕けるか?」

「どういう風に?」


 そう言われると困るな。


『次は――だーいすきっ! ちゅ!』


 次に推奨してきたのはほっぺにキスだった。


「砕けるってこれをするの?」

「や! これはちょっと違くない!?」

「でも、砕けてると思う」

「え!? もしかしてやる気!?」

「郷に行っては郷に従え。やるしかない」


 拳を作って言ってくる。


「変なやる気スイッチ入っちゃった!? ね? やめない!?」

「何事も気合い」

「やる気だよ! この子!」


 はわわ……。いや、俺は別に良いよ? 美少女からほっぺにキスされりゃ嬉しいよ? 嬉しいけど、アヤノはどうなんだ? 俺なんかにキスして良いのか? え? なに? もしかして俺の事――。


 そんな焦った俺の気持ちなど露知らずにほっぺに何か感触を感じた。


「ひゅわ!」


 変な声が出た。


 こ、これがアヤノの唇の感触……。なんだか不思議な感触だ。まるで綿が入っている様な――ぬいぐるみみたいな――ぬいぐるみ?


 アヤノの方を見ると無表情で震えていた。いや、若干笑っている様にも見える。


「ひゅわ」


 目が合うとさっきの俺の真似をしてくる。


「お前まじでこの野郎」

「どうだった? ヌタローとのキス」

「肉厚柔らかプルプル唇だったわ」

「そう。ぷっ」

「笑うなや」

「笑ってはいない。ぷぷっ」

「無表情で笑うな!」


 その後アヤノがツボっしまったので残りの撮影はグダグダで終わってしまった。




 撮影が終了して、アヤノと共に落書きコーナーに移る。


『いっぱい可愛く落書きしてねっ!』と機械音に言われるまま俺達は電子ペンを持って落書きを開始する。

 撮影した写真を好きに落書き出来るのは知っていたが、やった事がないので、こんな感じなんだなーと感心しながらペンを操作する。


「あのヌタローとのキスは俺が貰うぞ」

「ダメ。あれは私が書く。ヌタローの初体験だから」

「ヌタローは経験人数豊富だから何回もやってるよ」

「リョータローと一緒にしないで」

「俺のファーストキスだわ。ファーストキスの相手ヌタローだわ」


 そう言うと俺を見てくる。


「ぷっ」

「お前笑いすぎな」


 あまり表情は変わらないが笑っているのは確実に感じた。


「おっと。時間がない。ヌタローは私の物。リョータローは他の書いて」

「分かったよ」


 まぁ別にそこまで落書きしたい訳じゃないし、他の奴を書く事にする。


 2枚目のピースの奴が良いな。1枚目はカメラが日本に初めてやってきての初撮影みたいな感じになっている。これは完璧なる失敗作だわ。


 そんな2枚目のアヤノの顔をペンで落書きしながら彼女に話かける。


「――なぁアヤノ?」

「なに?」

「今って化粧してる?」

「今日はしていない。朝時間がなかったから」


 あー……。確かに今朝のあのカツカツな時に化粧されたらキレてたね。


「スッピンでそれか……」


 コイツ世の女の敵だな。


「なに?」

「いや、プリクラって勝手に盛られるだろ? ほら、俺も化粧したみたいな感じになってるし」

「――言われれば気持ち悪い」

「――おまっ! 今ナチュラルだったねー。ナチュラルに来たねー。だから嫌だって言ったんだわ」

「こんなのにヌタローの初めてを奪われるなんて不覚」

「お前がやったんだろうが!」


 ツッコミを入れた後に話を戻す。


「――まぁ、それでアヤノの顔ってプリクラなのに全然変わらないからさ。機械もアヤノには盛る必要がないって認める程に綺麗だって言いたんだなーって思ってな」


 そう言うとアヤノの動かしていた手が止まりこちらを見てくる。


 あ……。確かに今の発言は自分でもちょっと……。引かれたかな? 


「な、なんだよ?」


 とりあえず少し上から言ってみる。


「べ、別に……。リョータローにそんな事言われても嬉しくないから」


 ツンデレのテンプレみたいな台詞を吐いて作業に戻った。


 表情は変わらないが少しだけ照れているのが目に見えて分かった。少しだけ、彼女の頬が赤くなっていたから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る