第14話 お嬢様とゲームセンターへやってきました①
今日は特に欲しい物はないのか、アヤノは単独行動はせず俺の後ろを付いて来てくれる。
付いて来てくれるのは良いのだけど、俺も別に寄りたい所や見たい所がある訳でもなく、さまよう様に歩いては、エスカレーターに乗ったり、歩いては、エスカレーターに乗ったりとしている。
「――あ!」
3Fに着いて、ふらふらーっと歩いているとアヤノが少し大きめの声を出して立ち止まる。
彼女の視線の先には大き目のUFOキャッチャーがあった。
どうやらゲームセンターの前で立ち止まったみたいだ。
それ目掛けて彼女は駆け寄って行ったので、俺も続く。
大き目のUFOキャッチャーの中身は『大人気! 【ウサギのヌタロー】梅雨入り特大ぬいぐるみ』と宣伝されており、マヌケな顔したヌタローが傘をさしている大きいぬいぐるみだ。
それを無表情で眺めているアヤノ。
次に財布を取り出して小銭を確認する。
「やるの?」
「やる」
そう言ってアヤノは100円玉を2枚挿入する。
「やるなら500円入れた方が良くない?」
「一撃で仕留めてみせる」
このUFOキャッチャー、見たところアームが3股になっているので、確率機である。
何回? 何分の1? 詳しくはないけど、確率でアームが強くなって取りやすくなる台だ。
確かUFOキャッチャーが得意じゃない人でも金を積めば取れるって聞いた事があるな。
アヤノがアームを操作すると『ドキドキだねー』なんて可愛い声が聞こえてくる。
今時のUFOキャッチャーは話しかけてくれるみたいだ。
3本のアームでターゲットを掴むが、ぬいぐるみにローションでも塗ってるのかと錯覚してしまうほどにツルッと持ち上がりもせずに終わってしまった。
残念であるが、そんな様子を見せない無表情のままヌタローを見つめている。
「――リョータロー。ここで待ってて」
「ん?」
「両替! リョータローはここで待機! これはリョータローの大事な仕事!」
「は、はい」
初めて聞くアヤノの必死な声に背筋がピンとなった。
どうやらここで他の人に取られない様に待つのが俺の仕事らしい――。
――待つと言っても本の数秒間の事で、戻って来たアヤノの手にはコインゲームで使用するカップの様な物を持っていた。
「お待たせ」
カップを操作台に置いたので中身を見ると、ズッシリと100円玉が詰まっていた。
「これ全部100円?」
「その通り」
「え? もしかして取るまでやるの?」
「当然!」
何かのスイッチが入ったお嬢様。
それならお店で買った方が良くない? なんて野暮な事は言わないでおこう。UFOキャッチャーで取るから良いんだよな――。
――これで10回目のチャレンジ。
アームの強さはランダムなので、何回か持ち上がるが、強さが足りずで落ちてしまいを繰り返してヌタローは傘をさしたまま逆立ちをしている状態で落ち口から遠ざかってしまっていた。
『この瞬間がたまらないよね』なんて可愛い声して機械に言われる。
最初は台詞が違うから何パターンあるのか数えようとした。
しかし、台詞は今のとさっきの2パターンしかないみたいだ。
アームを見つめるアヤノ。
だが、10回目のチャレンジは1回目同様の結果となってしまい、アームは無情にもターゲットを掴む事なく持ち場へ返ってしまった。
「くっ……。手強い」
これでアヤノは1200円投資した。
確か、ゲームセンターの景品って値段の付け方が難しいってネットで見た気がするな。
どっかのサイトで700円以内で取れれば相場の値段だとか書いてたけど――。
でもリサイクルショップなんかでゲームセンターの景品を見ると700円以上で売られている商品もあるし、実際のところは700円で取れたからって勝ち負けって訳じゃないよな。
人の価値観はそれぞれだ。
俺なんかこの景品なら2000円、3000円で取れれば儲け物だって考えるし、アヤノはもっと価値を見出していそうだ。
「アヤノ。気分転換にちょっと変わってくれよ」
「――リョータローもヌタロー欲しいの?」
「んー……。欲しい訳じゃないけど、見てるだけってつまんないから操作したいなぁって」
「分かった。どぞ」
交代してもらい財布から200円を出して挿入する。
別にUFOキャッチャーが得意な訳でも詳しいわけでもない。なので適当に操作してボタンを押す。
『こ、これはー!? もしかしたらー!?』
「へ?」
新しい台詞が飛び出る。心なし機械音のテンションが倍くらい上がった気がする。
俺の操作したアームはガッチリとターゲットを掴むとそのまま離さずに持ち上げて落口まで運んでくれて「ぺっ!」っと吐き出す様に落とす。
『すっごーい!! やったねー!! おめでとう!!』なんて機械音に祝福の言葉をもらい、取り出し口から傘をさしたヌタローを取り出す。
「おっほ。取れたわー」
俺がヌタローのぬいぐるみを取り出すとジーっと無表情で俺を見つめるアヤノ。
欲しいんだろうな……。
勿論、アヤノにやるつもりだけど、なんだろうね? 無表情で見つめられると悪戯心が芽生えるというか。
「いやー。200円で取れるとか最高だわ。売れば何円位になるかな?」
チラリとアヤノを見るが表情変わらず。しかしながらジーっと圧をかける様に見てくる。
「そういや、ここってリサイクルショップあったな。早速売ってくるかなー」
先程見た限りでは、このショッピングモールにそんな店はないのだが、若干だけアヤノの表情が険しくなった気がした。
アヤノは即座に操作台に置いていたカップを俺の前に持ってくる。
「私が買い取る」
「え?」
「これで私が買い取る。等価交換」
「等価交換て……」
アヤノのカップの100円玉はいくら分か確定しないけど、量から1万円を両替したと思う。
だとすると中身は8800円って事だ。
このぬいぐるみに8800円を簡単に出すなんてお嬢様はやっぱり違うな。
「足りない? 仕方ない……。なら……倍プッシュ!」
そう言って財布を取り出そうとする。
「ちょいちょい! 嘘だっての。ほい」
ヌタローを渡すとキョトンとした風な感じになる。
「――良いの?」
「良いよ。あげる」
「お金は?」
「いらねーっての。悪かったよ、ちょっとからかっただけ。元々あげるつもりだったからさ。もらってくれ」
そう言うとヌタローを抱きしめる。
「ありがとう」
おお……。なんだか彼氏が彼女にぬいぐるみプレゼントしたみたいな感じだな。
こちらこそ、そんな擬似体験をさせてくれてありがとうだわ。
ヌタローを仲間に加えてゲームセンター内に入って行く。
「リョータローはゲームセンターには来るの?」
ヌタローを抱きしめて聞いてくる。
無表情で分かりにくいが、多分ご機嫌なのだと思われる。
「いや、俺も頻繁には来ないな。中学生の頃にワンガンなりイニビーなりしに来た位かな?」
「ワンガン? イニビー?」
「車のゲームだよ。――って丁度あったなこれこれ」
俺の指差す方には車の運転座席と目の前に大きなモニターのあるゲームがある。
「これ、何が違うの?」
【湾岸オールナイト】の向かいに【イニシャルB】がこのゲームセンターには設置されていた。どちらもゲーム機の見た目には余り違いはない。
「舞台だよ。ワンガンオールナイトは高速道路で、イニシャルBは峠を走るんだ」
「楽しそう」
「お? 興味ある? やるか?」
「やる」
「おっし。そんじゃどっちやる?」
「峠攻めたい」
「ほんじゃイニビーだな」
俺達はイニビーの席に座り100円を入れて操作していく。
お互いに車種を選んで店内対戦を選択する。
「コースどこが良い?」
「赤城かいろは坂」
「お! なんだやった事あるの?」
「……行ったことあるだけ」
「へぇ。良いなー。俺も行ってみたいな」
「個人的にはいろは坂の方が楽しかった」
「なら、いろはにするか」
コースが決定した。
マヌケな顔をしたヌタローが見守る中、俺とアヤノの対決がスタートする。
最近のは初心者向けにブーストが付いてるので、どれだけ下手糞でも良い勝負が出来る様になっている。
スタートの合図が鳴り響いてお互いにアクセルを踏む。
チラリとアヤノを見るとどうやらMTにしているみたいで、左手でギアチェンジ操作をしている。
「え? やっぱり経験者なの?」
「これは初めて」
「でも、初めてにしちゃ滑らかなギアチェンジだな」
「昔ハワイで親父に教わった」
「――ぬ!?」
小さな名探偵が言いそうな台詞を言ってきやがる。ネタなのか、それとも本当なのか。
しかし、アヤノはお嬢様。もしかしたら本当に実物を運転した事あるのかもしれないな。
くー。羨ましい。俺も早く車の免許欲しいぜ。
そんな事を思って見ていると、アヤノがこちらを見てくる。
無表情だが若干だけあおった様な顔付きになった気がした。
「よそ見してたら危ないよ?」
「――っと!」
俺が1歩リードしているが、完璧に尻の匂いを嗅がれる位置に付いて来て、いつでも何処でも抜かせますといった感じを出してくる。
こいつ、絶対何回かプレイしてるわ。良かった、ブーストモードにしておいて。
「リョータロー」
「んあ?」
「リョータローは」
「ん? なに?」
「リョータローさ」
「なになに? なんなの?」
「バイクで峠は攻めないの?」
「溜めて溜めて放つ程の質問? それ」
「バイクで攻めないのかな? と思って」
「あー。あんまり考えた事はなか――た――ぐあ! てっめ!」
「油断大敵」
そう言い残してカーブでアヤノに抜かされてしまう。
「お前! やった事ないなんて嘘だろ! なんだよ! その華麗なドリフト! イニビーの主人公もビックリだわ!」
「対戦時のブラフは大事」
「あ! っつう事はやっぱり嘘かよ! このやろ!」
「勝てばよかろうなのだ」
無表情の中にドヤ顔を感じてめっちゃムカつく。
「意外と少年誌読んでんなあ! このやろー!」
結果、そのまま前に出させてもらずに久しぶりのレースゲームは負けてしまったのであった――。
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