第2話 母親に清掃代行を任されました

 高校2年に進級して数ヶ月が経過していた。

 制服は冬服から夏服への衣替えを終えて、生徒は勿論の事、先生達もクールビズとなり、夏の足音が近付いて来ている梅雨入り前。


 新しいクラスも最初に比べて大分馴染んで来た。

 初めの頃はお通夜みたいに静かだったクラスが今では気温が上昇していくと同時に騒がしくなっていく。


 このクラスには個性豊かな人が沢山いる。


 陽気に笑って場を仕切っているイケメンくん。話をする相手を気遣い、スベッた人がいても何でも拾って笑いに変えるその姿はバラエティ番組のMCさながらである。イケメンで面白いとか最強かよ。


 皆に笑顔を配るアイドル的存在の美少女。彼女は目の合った人全員に笑顔を配ってクラスに癒しをもたらしている。それは男子だけではなく、女子にも同様で、男女問わず人気があり、彼女はいつも沢山の人に囲まれている。俺も彼女の笑顔に癒されています。


 他にも、学年1位の秀才くんや、それをライバル視する秀才ちゃん。

 機械弄りが好きなDr.スランプア○レちゃんみたいな眼鏡をかけた女の子や、その子が好きで別に機械弄りは好きじゃないけど一生懸命話を合わせに行く男の子。

 日本史が大好きな男子に、その男子の事が好きで自分も歴史に手を出し、好きな男子よりも詳しくなった歴女。

 オタサーの姫みたいな子やその取り巻き。

 etc――。


 そんな個性豊かで騒がしいクラスの中で少し浮いている女の子がいた。

 

 波北 綾乃なみきた あやの


 朝のホームルーム終わり、1限開始前の微妙な時間の中、騒がしい教室で彼女は今日も無表情でスマートフォンを見つめていた。

 クラスに馴染めずに孤立気味である。

 しかし別にいじめられているわけではない。

 クラスメイトが話しかけている姿を見た事があり、それには返答してくれるが自分から積極的に話かけている姿を見た事がない。

 あまり人と話すのは好まないタイプの子なのかも知れないな。

 別にクラスの仲が良いからと喋らないといけない訳じゃないので無理に合わせる事はないとは思うが、俺は少し苦手なタイプである。

 

 そんな彼女の事を見つめていると、ふと目が合ってしまった。

 俺はすぐに視線を逸らそうとしたが、その整った綺麗な顔立ちに視線を奪われて目が離せなくなる。

 苦手なタイプの性格だが、顔はタイプである。

 そんな俺に対して彼女は無表情のまま視線をスマートフォンへ戻したのであった。

 

 俺と目が合い彼女は何を思ったのだろうか……。

 もしかしたら無表情ながらに「こっち見てんじゃねーよ」なんて思われたのかも知れないな。




♦︎




 席替えらしい。


 午後の授業はロングホームルーム。

 進級してから今日まで名前順の席だった為、中間テストを終えて一旦の区切りとしての席替えは中々ベストなタイミングと言えよう。

 そろそろこの廊下側の後ろから1つ前の席に飽き飽きしていたところだ。


 席替えのシステムはクジにて決めるとの事。クジの順番は平等に窓際の1番前の席に座っている青井あおいさんと俺の後ろに座っている吉田よしだくんとのジャンケンで決まる。

 突如始まったジャンケン大会にクラスの注目が集まる。

 正直、ジャンケン当事者からすると結果はどちらでも良いから早く済ませたいのが本音だろう。

 だが、こういう時に限って白熱のアイコが続いてしまうんだよな。

 周りはそれらを楽しそうに見守るが当事者からするとたまったもんじゃない。


 俺なら耐えられないね。


 吉田くんが何故かニヤけていた……。青井さんと――女子とジャンケンするのが楽しくなってきたのかい?


 そんな吉田くんの思いは届かず、盛り上がってニヤけてきたところでようやくの決着がつく。

 

 結果――青井さんから名前順でクジを引くことになる。


「よくやった青井さん!」

「なにしてんだよ! 吉田!」

「ニヤけてんなよ! 吉田!」


 無茶振りジャンケン大会に強制参加させられた上に罵声を浴びせられる吉田くんの姿は悲しかったが、まぁクジは確率だから何番目にひこうが関係ない。

 心理的にいえば、最初にひいた方がお得感があるけどね。




 ――クジは確率。平等な物のはずだが、たまに俺みたいな奴がいるのも現実。


 席替えというイベントに期待を寄せて「窓際の後ろ」なんて念を送っているとすぐにそこの席が埋まってしまう。

 俺はブービー賞、最後から1つ前にクジをひく為に残っているのは2席。

 残席は今俺が座っている席と真ん中の席。

 なんとも微妙な席だが、折角の席替えだ、真ん中の席でも良いから席替えを――。

 なんて思いながらクジをひくと、なんだろうね? こういう欲を出すと良くないのは――。

 俺だけ席替えイベントには参加出来なかったみたいだ。

 また、しばらくはこの廊下側の後ろから1つ前の席になってしまう。

 まぁこの席の場所的には結構当たりな位置にあるから、そこはポジティブに良しとしよう。

 それに隣には大きな眼鏡をかけたア○レちゃん事、海島 夏希うみしま なつきが隣となった。彼女とはよく趣味の事について喋るので隣になった俺としてはラッキーである。

 そこに恋愛感情はない。だからこっちを恨めしそうに見るなよ井山いやまくん――。


 そして俺の後ろに座るのは喜怒哀楽なんて言葉とは無縁の鉄仮面でも被っているかの様な少女の波北 綾乃。

 軽く振り向くと相変わらずの無表情で黒板を見ている。


 おーい。黒板には何も書かれてないぞー。


 何て心の中で呼びかけてやる。無論、実際に声をかけても「うん」程度の返事しかされないだろうから口にはしないけどね。


 しかし、なんだ。

 居心地が悪いというか、なんというか。


 先程までいたニヤけ顔の吉田くんとは親しくないし、話もほとんどしない間柄だったが、波北が後ろになっただけで空気が変わるというか――。


 あー。後ろで無表情に前見てんだろうな。


 なんて思うと、少しイタズラ心が芽生えてしまう。

 今、もしも俺が屁をかましてやったらどんな反応をするのか? 苦虫を潰した様な顔をして嫌悪感たっぷりで俺を見る? それはそれで無表情以外を見れるので面白そうだな。


 試してみる……か?


 しかしらそれをすると隣の海島 夏希にも影響が出るからやめておこう。

 彼女は貴重な趣味仲間だならな。




♦︎




「涼太郎。今日皆でカラオケ行くんだけど行かないか?」


 放課後になりクラスのイケメンくんである風見 蓮かざみ れんが爽やかに俺を誘ってくれる。

 イケメンくんとはそこまで親しくないが、彼は誰にでもフレンドリーに名前で呼ぶタイプの人間だ。

 あまり馴れ馴れしいのは苦手なんだが、彼の事は許せるなんて思うとイケメンは得だな。

 いや、イケメンってだけじゃないか。

 喋り方とか、話す内容とか、話題を振り聞き手にまわるところとか――。

 そういうのが人気の秘訣なのかもしれないな。


「ごめん。今日バイトなんだ。また今度行こう」


 俺は彼に合わせて、出来るだけ爽やかに言ってのけるとイケメンはそれを更に超える爽やかさで言ってくれる。


「それは残念だ。また近いうちに予定たてるからその時は行こうな」

「次は行けるように調整するよ。ありがとう」

「おう。またな」


 爽やかに言ってのけて風見は俺の後ろの席に座る波北にも声をかけた――が、結果は予想通りの「ごめんなさい」であった。

 そんな返答にも風見は爽やかに返してグループ内に戻って行った。


 人の事は言えないがやはり波北はノリの悪い人であるな。

 本当に用事があるのか、それとも単に行きたくないだけか。

 どちらにせよ何か適当な理由をこじつけずストレートに「ごめんなさい」とはっきりノーと言える日本人なのは評価に値するな。

 ノーと言えずにイベントに参加して影でグチグチと文句を言う連中よりも何倍もマシだ。


「やーやー涼太郎くんやい。相棒の調子はどうだい?」


 席を立ち、帰ろうとしたところア○レちゃん――海島 夏希が軽く話しかけてくる。


「抜群に良いな。もう言葉にしようがない」

「それはそれは……。で? いつイジらしてくれるのだい?」

「誰がいじらすか! 夏希も免許取って買えば良いだろ?」

「あっしは金がなくてね……。うっうっうっ」

「バイトしたら?」

「そんな時間あるならおっとぉの原付イジるよ」

「そういや前に車イジッて大目玉くらったって言ってたな」

「あっはっは! ちょっと失敗しちゃってね」

「そんな奴に俺のバイクをイジらせてたまるか!」


『バイク……』と後ろから聞こえた気がして振り向こうとしたら、それよりも気になる視線があった。

 井山くんが目だけで人を殺せるんじゃなかろうかと思える位に睨んできている。

 

「そ、それじゃあな夏希」

「ん。今度イジりに行くから!」

「来んな!」


 そう言って後ろのドアから教室を後にする。

 その時に視線を感じた気がするが、恐らく井山の物だろうと思いそそくさと出て行った。




♦︎




 俺も大人数でのカラオケはそこまで好きじゃない。行くなら2人か3人で行くのが好きだ。大人数だと自分の番がまわってこないし、順番抜かしされるしで歌えずに終わる時があるからだ。

 何の為に金を払ってカラオケに来たのか分からなくなるからね。


 かといって「バイトだから」と嘘をついて風見の誘いを断った訳じゃない。

 本当にバイトがあるからだ。




 閑静な住宅街にある5階建てのマンションの3階の1室。そこが俺の家だ。

 閑静なんて良いように言っているが、蓋を開ければ小さな山を少し整備した田舎なので人口も少なく、車の通りもないのでおのずと閑静になる。

 そりゃ静かなのは良いが、自転車を利用しようものなら下りは良いが帰りの上りが非常にキツイ。よく見かける電動アシスト自転車を見ると殺意が湧くレベルで電池部分潰してやろうかと思う位に憎い。

 ノーマルのチャリは立ち漕ぎ必須で家に着く頃にはマラソン後の様なキツさである。

 歩いていても「登山かよ……」と錯覚するレベルの坂だ。

 勿論アスファルト整備されているけど、それでも住宅街にするならもうちょっと緩やかな坂にしろや! なんて叫びたくなる。

 

 そんな場所に生まれ育って16年と数ヶ月。慣れたと言われれば慣れたが、キツイものはキツイので毎度グチグチ言いながら帰宅していく。


 ようやく自分のマンションに着いて、エレベーターで3階まで上がり【南方みなみかた】と書かれた部屋の鍵を開ける。


 南方みなみかた 涼太郎りょうたろう


 これが俺の名前なので、間違いなくここが俺の家だ。

 玄関に入ると女性用の靴が1つあった。

 ウチの家族構成は父親と母親と妹の4人家族。

 現在父親は単身赴任中で来月には帰ってくる予定だ。

 母親は清掃関係――個人宅の清掃を週3でしており、妹は中学生で部活に青春を捧げている。


 制服のままリビングへ行くと母親がソファーに座りボーッとテレビのワイドショーを見ていた。

 オデコには熱冷ましのシートが貼られている。

 顔は少し赤くセクシーな感じだ。


 いや……。自分の母親をセクシーなんて表現はおかしいと思う。思うのだが、主観的にも客観的にも俺の母親は綺麗な人だと思う。

 そんな母の血をひいて妹も中学生とは思えない程に大人びて綺麗である。

 

 父さんはよくやったよ。こんなべっぴんさんをよく捕まえた。

 美人は3日で飽きるなんて言葉があるが俺の父親には当てはまらなかったみたいだ。

 父さんが泥酔した時によく言うのは「俺は恵以外では勃たない!」何て下ネタを言うが、まさしく有言実行というか、父さんに浮気の疑いは本気でない。

 

「おかえり涼太郎……」

「ただいま。母さん、熱下がった?」

「ううん。まだ38度位ある……」

「まじか……。座ってる方が楽なの?」

「うん……。寝付けないから……」

「そっか。何かいるものある? 何か買ってくるけど?」

「ううん。いらない……。それよりも、清掃の代理大丈夫?」

「ああ……」


 清掃の代理とは――朝方から体調を崩した母さんが学校を行く前の俺にバイトの代理を依頼した件である。

 普段はコンビニでバイトをしているが本日はシフトに入ってないので「大丈夫」とは返事したが――。


「それは別に大丈夫だけど……。休めないの? ブラックバイト?」


 確か母さんは会社には所属せずに個人的に雇われて清掃をしているので、バイト仲間とかがいない環境だから他の人に「代わって欲しい」とお願いする事は不可能だ。

 でも流石に家主も鬼じゃないんだから、小言や最悪怒鳴られても「風邪でも来い!」なんて事は今時言われはしないだろう。

 

 俺の言葉にしんどそうに母さんは苦笑いを浮かべる。


「あはは。ホワイト中のホワイトだけど……。あの人家事何にも出来ないから行ってあげなくちゃね……。涼太郎は家事得意だし大丈夫でしょ?」

「まぁ人並み程度だけど……」

「涼太郎なら大丈夫。大喜びされるわよ。――それじゃあ頼むわね」

「ああ。行ってくるよ」

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