第18話:幼女を守る

「こ、こんにちは~。依頼を受けたキスククア・カカシトトーです。ビスカウント様のご自宅はこちらですか?」

「……ようこそお出でくださいました。って、最近はこんなかわいい女の子たちも冒険者をやっているんだねぇ。さあ、どうぞお入り」


 その後、私たちはお屋敷に着いていた。

 結局、靴屋は見つからなかったけどもうしょうがない。

 少し待つと、品の良さそうな淑女が出てきた。

 おそらく依頼人だろう。

 そのまま、こじんまりとした応接室に案内された。

 どうやら、執事やメイドの類はそれほど多くはないようだ。


「改めまして、冒険者のキスククアです。こちらは仲間のジャ……」

「ジャナリーです!! どうぞよろしく!!」

「私が依頼主の、ノエルの母です。どうぞ、よろしくお願いします。それにしても、さすがは冒険者ね。ずいぶんと立派な靴をっ……! ……履いてらっしゃるわね」


 私の靴を見ているビスカウントさんは、顔が引きつっている。

 そりゃそうだ。

 モンスターでさえ引きそうな、どぎついデザインだもん。

 すみませんね、ホント。

 これしかないんですよ。


「ほら、ノエルいらっしゃい。冒険者の方々がお見えになったわよ」

「こんにちは。私、ノエル」

「「あら、かわいい」」


 ビスカウントさんの後ろから出てきたのは小さな女の子だった。

 わずかな光でも輝くブロンドの髪に、大空のように澄んだブルーの瞳。

 まだ幼女だけど、将来は美人になることが簡単に想像ついた。

 ド地味な私とは偉い違いだな、これは。


「依頼というのは他でもないわ。この子を隣町に住んでいる妹のところまで送ってほしいの。最近は山賊や盗賊の目撃情報があってね。心配だからBランクの依頼とさせてもらったの」

「ご安心ください。私たちがちゃんと隣町までノエルちゃんをお送りします」

「キスククア君がいれば、山賊の一人や二人どうってことないですよ! この前だって、<かかと落とし>でボスグールの脳天を……うごっ!」


 例によって、ジャナリーが脚色しながら話だしたので慌てて彼女の口を塞ぐ。


「す、すみませんね、うるさくて。それで隣町まではどのように?」

「馬車を用意してあるわ。道案内も兼ねて私も一緒に行くわね。こっちよ」


 家の横に案内されると、こじんまりとした馬車があった。

 荷台はちょうど3人乗りくらいだ。

 ビスカウント親子とジャナリーが乗り込む。

 私だけ取り残された。


「じゃあ、キスククア君。御者を頼むよ」


 ジャナリーは柔らかそうな椅子に身を沈めている。

 至極、満足気な顔だった。


「わかったわ。ジャナリーもちゃんと窓から見張っていてね」

「もちろんさ」


 ということで、馬車を出して森へ向かう。

 馬の操縦も鍛錬(という名のいじめ)で習得させられていたので、どうにか馬車も扱えた。

 パカラッ、パカラッっと、呑気な音を出しながら森を走っているときだった。


「おおい! そこの馬車! ちょっと待ちな!」

「勝手に通ろうとしてんじゃねえよ!」

「ここが俺たちの縄張りだと知らないわけじゃねえだろうな!」


 突然、道の真ん中に立ちふさがるように数人の男たちが出てきた。

 みな、剣や槍などで武装している。

 荷台からジャナリーの悲鳴が聞こえてきた。


「キ、キスククア君! どうしよう、見るからに悪い人たちだよ!」

「俺たちの許可なくこの道を通ろうとするなんていい度胸だな!」


 盗賊たちの後ろから、ひと際大きな男が出てきた。

 威圧感を覚えるような濃い髭に、やたらと威嚇するような目。

 そして、こいつだけ重そうな鎧を着ていた。

 周りの盗賊も一歩下がった感じでいるから、きっとこいつがリーダーだ。


「え、あなたたちは誰ですか?」

「俺たちはこの辺りを縄張りにしている盗賊だ! ここの道は俺たちが安全を確保してやっているんだよ! 通りたければ通行料を払ってもらおうか!」

「いや、通行料を払えって……ここは私道じゃないですよね?」

「うるせえ! そんなの関係あるか! 俺様が払えって言ったら、払えってんだよ!」


 むちゃくちゃな理論を展開する。

 予想はしていたけど説得は無意味そうだ。


「ボスの言う通りだ! 俺たちが道の警備をしてやってるんだよ!」

「安全に通りたければ金目の物を出せ! 盗賊稼業も楽じゃねえんだ!」

「有り金全部出しやがれ! 俺たちを舐めるんじゃねえぞ!」


 盗賊たちは、わあわあギャアギャアと騒いでいる。


「ど、どうしよう、キスククア君~! あいつらはきっとボクを待ち構えていたんだ~!」

「落ち着いてください、ジャナリーさん。きっと、キスククアさんがなんとかしてくださいます」


 ジャナリーは半泣きでべそべそしている。

 ノエルちゃんに慰められていた。


〔脳天にかかとを落とすと即死します〕


 盗賊たちの脳天はぼんやりと光っている。

 いつもの光景だ。

 彼らが騒ぐ中、私はとあることを考えていた。


――人間の脳天にぶちかますと、どれくらい気持ちいいんだろう……なんか、今まで感じたことのないような爽快感を得られる気がする……もう落としてしまおうか、こいつらは悪人だし。


 待て待て待て、それはさすがにまずい。

 思わず誘惑に負けそうになったけど、すんでのところで拒絶した。


「おい、聞いてんのか! 金を出せってんだよ! というか、早く馬車から降りろ!」


 リーダーが大声で騒ぎまくる。

 うるさいので、とりあえず馬車から降りた。

 相手はモンスターじゃない。

 盗賊だ。

 というか、人間だ。

 つまり、こいつらの脳天に<かかと落とし>をぶちかますと私は人殺しになってしまう。

 となれば……。


「よし、お前は物分かりが良いみたいだな。まずは有り金を出してもらお……」

「せいっ!」

「こぉっ……!?」


 リーダーの汚い脛を、つま先で思いっきり蹴り上げた。

 無防備に剥きだしだったので直撃だ。

 ハジマガネ鉱石で出来た靴だからね、タダではすまないだろう。

 盗賊リーダーは前かがみにしゃがみこむ。

 思った通り、頭ががら空きになった。


「いい年して人に金をせびるんじゃねええええ!」


 かかとを脳天に……ではなく、後頭部に力の限り振り落とす。

 ゴンッ!!! と空気が揺れて、リーダーは地面に崩れ落ちた。


「「ボ、ボス!?」」


 慌てて仲間が駆け寄るが、リーダーはビクンビクンと痙攣したまま動かない。


「ひ、ひでえ! いくらなんでもここまでやるかよ!」

「ボ、ボス、生きてますか!? へ、返事がねえぞ……!」

「急いで医者に診せないとまずいってこれ!」


 リーダーの後頭部にはモザイクがかかっているけど大丈夫。

 脳天には落としていないから死ぬことはない。

 だからこそ、気兼ねなくかかとを落とせたのだ。


「ちょ、ちょっとは手加減しやがれ! この暴力女!」

「こんなに凶暴な女は見たことねえ! お前は死神だ!」

「ボスはナイーブなお方なんだぞ! 盗賊稼業が出来なくなったらどうしてくれる!」


 盗賊たちはぴゅーっという音をたてて、どこかに走り去ってしまった。

 悪口を言われまくった気がするけど、まあいいや。


「か……かっこいい!」

「え?」


 ふと後ろを見ると、ノエルちゃんがキラキラした目で私を見ている。

 まずい、幼女には刺激が強かったか。


「ど、どうしたのかな、ノエルちゃん?」

「私も……キスククアさんみたいになりたいです! こんなにカッコイイ女性は見たことがありません!」

「…………え?」


 ということで、馬車を揺らしていると隣町に着いた。

 盗賊団の再襲撃もない。

 クエストはここまでだ。


「じゃ、じゃあ、私たちはこれで失礼しますね。ここまで来れば大丈夫でしょう」


 隣町についても、ノエルちゃんのきらめきが消えることはなかった。


「私……絶対に、キスククアさんのような強い女になります!」

「この子も目標ができたようで、本当に良かったわ! さすがはウワサのかかと落とし令嬢ね!」


 ビスカウントさんも嬉しそうな顔だった。


「は、はぁ、あまりおすすめしませんが……」

「お疲れのところ申し訳ありませんが、キスククア君の今回の活躍を記事にしたく、インタビューさせていただいてもよろしいでしょうか!?」

「ええ、ぜひ!」

 

 ジャナリーだって満面の笑みだ。

 記事のネタができたからね。


「お母様! キスククアさんと同じ靴を買ってください! 今からでも特訓しないと!」

「すみませんが、どこでお買いになった靴かも教えてくださいませんか?」

「お安い御用で! さ! こっちでお話しさせてくださいね!」


 幼女に悪影響を与えたような気もするけど、無事に今回も依頼を達成できた。

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