黒翼の魔王
「へ、陛下・・・そのお姿は・・・」
ゆっくりと、師団員の声が、きこえてきた。
驚愕と羨望と尊敬と―――畏怖。
「・・・!」
天使教会に据えられた天使像のような"翼"が、俺の背中に、発生していた。
ただそれは、髪色と同じ、漆黒だ。
「陛下! 西国からの声明が。人質と交換に、領土の割譲を・・・あ、あれ??!」
必死に駆けてきた兵士も、俺の背中に生えた翼に、言葉を失う。
「声明だと?! 却下だ。セイヤは今すぐ俺が、奪還する!」
ダッと駆け出した背中で、大きな質量が羽ばたく。
少し風魔法を載せると、ザアッと低空を飛翔できた。
――――魔力の余りが思わぬ形で実体化したが、これは便利だ。
馬より速い滑空移動で、敗走していた敵軍の後部に、あっというまに追い付いた。
振り返った複数の敵兵が、ぽかんとして立ち止まる。
「なっ・・・なんだ?! ―――黒い天使・・・!?!!」
最後尾の雑兵に用は無い。
バッとその頭上を高く飛び越える。
長く伸びた敗走軍の中に、一台だけの馬車。
その上に、ドンと降り立った。
「私はセイヨン王国の新王、ソーマ=シン=セイヨンだ。先程我が陣営から連れ去った弟を、返して貰う!!」
一人で敵対国の軍隊に乗り込んで来た強烈な外見の王に、西国の兵士達は動揺に陥った。
「な、なんだぁ??!」
馭者があわてて馬をとめ、大きく揺れた馬車の中から驚きの声があがる。
「くそ、何事だ―――ぐぁっ?!」
馬車の中から飛び出した人間を蹴り飛ばし、ザッと地面に降りて馬車の中を確認する。
「セイヤ! ウツミ!」
やはり、この馬車にいた。
後ろ手に縛られ、馬車の床に転がっている。
「ソーマ殿下・・・!? えっ、あれっ?」
「ウツミ、セイヤは無事か?!」
「あっはい、でも、気絶してて―――殿下、後ろ!」
ウツミの声に、瞬時に背後に迫った敵をザッと斬り捨てる。
馬車を取り囲む敵兵に"絶対切断"の剣をビッと向けた。
「し、司令官がやられたぞ?!」
「これはどうすれば・・・」
どうやら今切り捨てた赤い鎧の男が、この部隊の頭だったようだ。
「―――選ばせてやろう。すぐにお前達を惨敗させた最強の部隊が追い付いてくるぞ。降伏か、死か―――?」
しん、と辺りが一瞬、静まる。
一兵卒には決定権がないからだろう。
しかし、ぽつ、と誰かが呟いた。
「・・・たった一人で来たこの王様を討てば、我が国の勝利だ・・・!」
ワッと敵兵の士気があがる。
その通りだ。
一斉に迫った赤い鎧の軍団に、誰もが決定的な勝利を思い描いた。
『魔力捕食』
たった一言の、静かな詠唱。
一瞬、時間が停まったように、西国の兵士達の動きが、不自然に鈍る。
「・・・?!」「ぅ、ぁあっ・・?!」
兵士達が、一斉に地面に倒れていく。
彼らの魂の色が、強制的に俺の胸元に吸収される。
そう。
今度はどんな手段を使ってでも、この手で弟を守り通す―――。
「・・・ソーマ殿下、殿下・・・っ!!」
気付くと、ウツミが両肩を掴んでいた。
「ウツミ? ・・・そんなに泣くな。アキツ=デュエッタの件は、君のせいじゃない」
「・・・もうご存じだったんですね。師匠が出兵に紛れ込んだのが分かって、急いでお知らせに来たのですが・・・。それより、この惨状は、何なんですか。"呪術師は危険"という伝説を、殿下が証明してますよ!」
彼女に黒翼の隙間にある背中を叩かれ、周りの状態に目をむける。
馬車の周囲にあったのは、無傷のまま絶命している、大勢の死体だった。
全員がその場で突然死した、異常な光景だ。
背中の黒い翼が、滑らかに艶を増している。
「殿下・・・これは殿下に呪術のことをお伝えした、私のせいです・・・」
零れるウツミの涙を、そっと掬う。
「・・・貴女に教えて貰わなくても、本か何かで読んで、勝手に習得したかも知れないさ。気にするな。―――そもそも俺のセイヤを攫った西国が悪い。愛を引き裂いた代償は、万死に値する」
「あ、はは・・・。ほんと、殿下のお言葉は・・・ごちそうさまです」
出会った時と同じ、爽やかな笑顔。
ウツミは、なにも最初から変わっていない。
彼女の師匠が暗殺行為に突き進んでいったのを、おそらく必死に、止めていたんだろう。
「縛られてた縄は?」
「あ、そこに刺さってる剣で切りました。セイヤ殿下の縄は、ソーマ殿下が切って下さい。私がやって傷付けでもしたら・・・」
「ふふ、やっぱりウツミは、よく分かってるな」
さっと馬車の中に入り、倒れているセイヤを抱き起こす。
気絶していると聞いたが、顔色が悪い。
「・・・絞め落とされて気絶したのか」
「はい、護衛が戦っている時に、後ろから兵が来て・・・」
「・・・っ」
苦しくて、怖かっただろう。
もう俺がいない所でも、そんな事にならないようにしなくては。
翼に溜めた大量の魔力を、ドッと無属性にして引き出す。
「え? ちょ、殿下・・・!?」
『―――天と地と、生まれ星の間に確定する
汝"セイヤ=シン=セイヨン"は "攻撃の完全無効"を有効とする。
これより後、汝が傷を負う事は無い』
セイヤのふわっとした青い魂。
そこに丁寧に、物理攻撃と魔法攻撃の完全無効、と描き込んでいく。
模様の文字数が多いぶん、膨大な魔力が消費される。
しかし翼から補う魔力で、難なく描き切った。
キンとした感覚で魔力が収束する。
「・・・セイヤ」
すり、と青い顔色の頬を撫でて、弟の無事をもう一度確認する。
自分には何度も呪術を掛けているが、人に掛けたのは初めてだ。
『光よ 集い来たれ』
ピッと手首の縄を斬り、薄紅色に光る普通の回復魔法を唱えた。
可愛い弟の手首にこんな醜い跡をつけるなんて、許されない。
「で、殿下。今何を・・・」
「物理攻撃と魔法攻撃を効かなくした。これで多少は安全だろう」
「な・・・何ですかそれ! 一体、どうして本当に、そんな模様文字があるのかもそうですけど、ああもう! 私は魔王の誕生に立ち会ってるんです!?」
相変わらず、凄い付与を目の前にしたウツミの反応は面白い。
「魔王か。なかなか良い響きじゃないか」
「いやほんと格好良すぎて、惚れるどころではないです。"黒翼の魔王"様」
「ふふ、でもウツミには、普通に呼んで欲しいな。君は俺の、先生なんだから」
「・・・私を殺す気ですか」
「? 普通に大事にするさ」
面白いウツミとの、いつもの調子の会話。
セイヤを攫われた苛立ちが、いつのまにか、落ち着いていた。
セイヨン王国の騎馬兵が追いついてくる音がきこえてくる。
自軍に居場所がわかるよう、セイヤを抱えて馬車の上にふわっと乗った。
「・・・さむ・・・」
「セイヤ、気が付いたか」
ぱち、と漆黒の瞳が瞬く。
「・・・兄さん? なんか、背景に凄いものが・・・。えっ? これって地獄ですか?」
「いや、お前が存在する場所はすべて天国だ」
「・・・現実のようですね」
呆れたようにため息をついたセイヤの顔色は、悪くない状態だ。
「もう痛いところは無いか?」
「はい、えっと、それよりこの状況は・・・」
馬車の屋根に降り立ったセイヤは、まわりに大量の敵兵が倒れているのをみて、首を傾げた。
「お前を攫った敵兵は全て処分した。怖かっただろう。もう大丈夫だ」
「まさか・・・」
「それとこの翼は、魔力の余りが顕現化したものだ。なかなか使えるぞ」
「・・・はぁ。聞きたい事は沢山ありますが・・・」
「ぁ~、一言ではいえないな」
「そうでしょうね。・・・でも、助けてくれてありがとう。ソーマ兄さん」
「・・・ああ。間に合って、良かった。セイヤ」
今度こそ、自分の手で護れた、可愛い弟。
前世からの必死な想いが、やっと、届いたんだ。
「―――戦争があるのが良くないな。もう二度とセイヤが危険な事にならないように、世界は、征服しよう」
「えぇ? なんですかそれ・・・ってこら! 変なとこ触らないでください!」
こちらを見上げるウツミは、涙と鼻血を拭っていた。
ドドッとセイヨン国の軍隊が追いついてくる。
ルイ=トレンチ師団長も、驚きながらもきびしい顔で合流した。
師団長に単独行動を取った事の顛末を説明する。
そのあと、色々ひとりでやりすぎたのを、セイヤに滅茶苦茶怒られた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます