東方国セイヨンの王太子
―――久しぶりに、夢をみた。
弟が政治の道具に、人質に取られていた。
戦場を飛び出して助けに行って、自分が殺されてしまった。
これは俺の、前世の記憶だ。
―――こうして何度も、前世の記憶を引き継いで、生まれ変わってきた。
幼い頃までは覚えていたのに、いつのまにか、忘れていた、記憶。
「兄さん! またこんな所で昼寝してたんですね? もう次の予定の時間ですよ!」
柔らかな午後の日差し。
きれいな黒髪と、漆黒の瞳。
上品な服装の美少年が、中庭でうたた寝をしていた俺に小言をぶつけてくる。
「ふぁ~ぁ・・・おはよ~、俺の可愛いセイヤくん」
「何ですかその不気味な言葉は。外部の聖別師を招いての講義ですよ。せめて恥ずかしくない状態になっててくださいっ!」
寝そべっていた草むらから立たされて、纏わりついた草をパッパと払われる。
前世でのこの年頃の弟は、ずっと敵対国の地下牢で、酷い時間を過ごしていた筈だ。
おもわず、目の前の黒髪に、そっと唇を落とした。
「ちょっ! 何するんですか!」
「可愛い弟にチューしてた。一緒にゴロゴロしようぜ、セイヤ♡」
「ああもう、どこ触ってるんですかっ! この変態王太子!!!」
怒った顔も可愛い。
俺の弟は、どうしてこんなに可愛いんだろう。
すっかり忘れていたが、さっきの夢で思い出した。
前世も王太子だったが、今度もまた、王太子として生まれてきている。
弟を失うような事態になることは、今度こそ、絶対に避けなければ。
「ソーマ殿下、セイヤ殿下。こちらにおいででしたか」
中庭の小路を、のんびりとした声の主が歩いてきた。
灰色の外套をするりと脱いで、学者のような黒髪の女性が、俺に向けて正式な礼を取る。
「聖別師としての講義で参りました。ウツミ=デュエッタと申します。よろしくお願いします」
「ソーマ=シン=セイヨンだ。こんな場所まで来てもらって悪いな。部屋に戻ろうか」
「いえ、折角良いお天気ですし、よろしければ、ここでお勉強にしませんか?」
真面目そうな新顔の女講師は、にっこり爽やかな笑顔をうかべた。
「―――素敵な中庭と、東方国セイヨンの美しい王子殿下のお二人。絵になりすぎていて、鼻血が出そうです。お部屋に入ってしまうなんて、勿体無い!」
「ふふ、では今日は存分に記憶に焼き付けておくがいい。ウツミといったな。気に入ったぞ」
「光栄です。ソーマ殿下」
「ちょっと待って。出会い頭にふたりとも何を言っているんですか」
東方国セイヨン。
もとは大陸東側のほぼ全土を掌握していた宗主国だった。
ここ数百年は分裂と衝突を繰り返し、セイヨンは東方の国のひとつになってしまっているが。
ウツミといった女講師は、そのセイヨンの王子に対して、なかなか度胸があるようだ。
それに、美的感覚としても、気が合いそうだ。
一瞬の意気投合に、少し引いていたセイヤが、諦めたように小さくため息をつく。
「―――さて、殿下は、聖別についてはどの位の事をご存じでしょう?」
講義らしい話題になったことで、セイヤも姿勢を正した。
「魔法使いが持つ魔導杖などのように、モノに一定の魔法効果を付与する技術、という理解です。具体的にどうやるのかは、今回初めて教えて貰うことになります」
「わかりました。ではまず一度、実際の作業をお見せしましょう」
そういって荷物から緑色の鉱石を取り出したウツミは、鉱石を軽く右手に掲げて、そこに属性を含まない、自分の魔力を集中した。
『天と地の間に於いて命名する 汝は"癒しの宝石"。持ち主の傷を治す助けとならん』
シュ、と魔力が鉱石の中に固定される。
ふわっとした無属性の魔力の空気が散ると、緑の鉱石に、曲線のきれいな模様が浮かんでいた。
魔導杖についている鉱石にも、同じような雰囲気の模様がある。
「あまり、時間のかかる作業ではないんだな」
「今のは簡単な聖別ですし、私は慣れていますからね。付与する魔法が複雑ですと、模様も複雑ですし、それを扱うにはかなりの集中力が必要です。そういう時は模様を隣に用意して付与します」
つまり命令文のコピー&ペーストか。
―――?
いま、俺が考えた中身は、どこから来たんだろう?
「それと、鉱石にはその種類によって、最初から特性があります。基本的には鉱石の特性に沿った聖別を付与します。この緑の鉱石はアベンチュリン。もとから大地の恵みとしての癒しの効果があるものです」
トンと渡された見本の鉱石は、聖別の模様が入り、癒しの魔法媒介としていつでも使えそうだ。
これが魔導杖にはめてある鉱石の、由来か。
「複雑な模様は、見本があれば問題無いんだな?」
「そうですね。その模様への理解は必要ですよ」
「模様を2・3連ねて、複数種類の聖別を行う事はできるのか?」
「それは難しいです。でも、同じ種類で関連性があるものを並べる事は出来ます」
「なるほど、魔導杖に複数種類の鉱石を入れるのは、そういう事情もある訳か。世の中で一番凄い聖別されたものには、どんなのがあるんだ?」
「え? う~ん、そうですね・・・あ、メテオライトで鋳造した剣を聖別したものが、ちまたでは『伝説の魔剣』になっていますね」
「メテオライト?」
「隕石です。素材と鋳造技術が揃っていれば、凄い品物は作れます」
「ふむ。ちょっとやってみようかな」
「え?」
する、と腰に帯びた長剣を抜く。
鉄製ではあるが、一国の王太子の所持品だけあり、結構上物だ。
『天と地の間に於いて確定する 汝は"絶対切断"。持ち主の意に沿うもの』
無属性の魔力を刀身に注ぐ。
模様は知らない。
斬れないものは無い―――その感覚を、魔力の文字として、書き込みをする。
キンとした手ごたえがあって、手の中の長剣を、そっと見てみる。
「―――どうにか、書けたな」
ヒュ、と魔力を込めて刀身を振る。
中庭の木の葉が、ピッと、ふたつに斬れた。
その向こうの、石畳ごと。
「ちょっと兄さん! 城の皆が手入れしてくれてる庭、壊さないで!」
セイヤが剣を振るった腕を掴んでくる。
「ちょっと待ってください、今、何の聖別をしたんですか?!」
ウツミまで、剣を掴んでくる。
「おっと、危ないぞ二人とも。何でも切れるように聖別を付与したんだ。剣らしいだろ?」
そのままウツミに剣を渡すと、彼女は刀身に書き込まれた魔力の文字に、ぽかんとした。
「これは・・・何の模様ですか? いえ、文字・・・?」
「よく文字だと分かったな。適当に作った模様だが、確かに文字としての意味を込めてある」
何となく出てくる発想は、前世のどこかで使っていたものだ。
詳しい事は忘れてしまっているのに、ふとした瞬間に出てくる。
ウツミがそっと外套に剣を通すと、スルッと斬れた。
模様の判別が出来るかどうかは、関係無いようだ。
「普通は模様と意味を覚えてから聖別するものです。それを・・・しかも凄い精度で・・・!」
ぐっと剣を握りしめて、ウツミはきらきらした瞳で俺を見上げた。
「殿下! 私と一緒に、聖別の技術を極めてみませんか?!」
これは完全に、研究者の顔だ。
そして年上の女性に失礼だが、一瞬、かなり可愛く見えた。
「ふふ、嬉しいお誘いだね。もちろん良いとも! セイヤも一緒にやろう!」
「えっと、僕のことはお気になさらず。兄さんみたいに、一度見ただけですぐ出来るような才能は無いので」
「そんなに拗ねるなよ。何を作るかっていう提案は、セイヤのほうが得意だろ? な!」
ぎゅっと手を取って、黒目黒髪の可愛い弟の顔を覗き込む。
「・・・わかりましたよ。でもその顔は、できればウツミ先生とかの、女性に向けて使って下さい」
「? 俺はいつでも同じ顔だぞ」
「はいはい、そうですね。でも本当、弟離れてし貰わないと」
諦めたようにため息をつくセイヤの頭を、ニッコリして、撫でる。
「俺はいつでも、お前ひとすじだ」
「だからそれを、やめて欲しいんですけど!」
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