黒翼の殺戮王は、弟を溺愛する
白山 いづみ
今度はどんな手段を使ってでも、この手で弟を守り通す。
グラディウス大陸東部のおよそ全土を占める、宗主国セイヨン。
北の矮小な帝国を残し、乱立していた周辺の国を征服した。
東方の王国に過ぎなかったセイヨンの急成長は、ほぼ王が率いる一軍によって成された。
戦場の敵兵を殲滅し、逆らう族民を殺戮し、降伏と服従を終戦の絶対条件とし
血の海と死臭の荒野を以て、世界を征服した。
宗主国セイヨンの王は、畏れをもって、こう呼ばれる。
『黒翼の殺戮王』―――と。
――――――――――――――――――
城壁の外で、小さな部隊が敵兵と衝突する喧噪が聞こえてくる。
こんな敵の王城内部にまで侵入する事が出来たのは、あの義賊達のおかげだ。
深く被った外套から零れる白い髪を、押し込める。
せめて髪を染めてくれば良かったが、とにかく時間が無かった。
『弟王子だが、今すぐ出発すれば救出できる。が、この機を逃せば、次の機会はわからない』
その報せを戦場の指令室で受け取ったのは、今朝。
明日にでも大決戦を控えたこの状況では、敵勢力も戦場の動向に注意が向いている。
戦場から離れた位置にある敵の王城は、必然、手薄だ。
いまこの状況で、指揮官が隠密行動などありえない、と猛反対する参謀のフェイゼルを説得する猶予はなかった。
先導する赤毛の男が振り向き、坑道の路地のような地下への通路を指した。
「そこが地下牢に繋がっている。看守たちの使う通用道だ」
「看守がいるんじゃないか」
「そいつはそうだろ。鉢合わせたら瞬殺しろ。狭いから1対1だ。余裕だろ」
「仕損じたら?」
「撤退だ」
その言葉に頷き、短剣を握る。
狭い通路ではいつもの長剣は不利だ。
周辺に人の気配がないのを確認してから、するりと通路に入る。
荒い造りの階段を、気配を殺して降っていく。
幸運にも通路は無人で、無事に地下牢の連なる階層に着いた。
だか、どの牢にいるのかまでは、情報がない。
鉄格子の向こうを1部屋ずつ覗き込むしかないか。
突然、奥の方からガシャンと大きな音が響いた。
「おい起きろ、ゼロファ=アーカイル! 喜ぶがいい。お前の処遇が変更になった」
なんてことだ。
敵が親切にも弟の居場所を教えてくれるとは。
素早く音のした場所へ駆けつける。
―――看守が1人、将校のような軍服の男が1人。
「明日の開戦には、お前の首を先陣に掲げる。その白い髪は王家のもの。レトン王国の軍勢の士気を削ぐ、大きな効果があるだろう」
「・・・・・・」
「ふん。聞こえてるのかどうだかは知らんが、変な邪魔が入る前に、ここで首だけになってもら―――?!」
ザッと長剣の餌になったのは、将校の首だ。
次いで声をあげようとした看守の喉笛を短剣で削ぐ。
「・・・?!」
鉄格子の奥。
白い長髪に、ボロボロの服から伸びた細すぎる四肢は、鎖に繋がれている。
だが、幼い頃の面影を残した、その顔立ちは―――
「ゼロファ! 助けに来たよ。ほら、お兄ちゃんだ!」
「・・・お、にい・・・ちゃん・・・?」
ぼうっとした暗い瞳が、ゆっくりと、こちらをみる。
おもわず、息が詰まる。
捕虜として差し出されてからのゼロファの年月は、想像もできないものだったに違いない。
とにかく鎖を切って、ぼうっとしている弟を、強く、抱き締める。
「今まで助けに来れなくてごめん。でも、もう大丈夫だからな・・・!」
「・・・・ぁ・・・」
小さく、少しだけ安心した息が、こぼれる。
震えるような唇が何かを言おうとして、しかし、言葉にはならなかった。
「立てるか? ここから出るぞ」
「・・・ぅ・・・」
大きな怪我はしていないようだが、どう見ても筋力と体力が無い。
一刻も早く脱出しなければならないが、弟が速く行動することは難しそうだ。
サッと軽い身体を抱え上げて、もときた通路を駆ける。
「・・・エイル、お兄ちゃん・・・?」
「そうだよ。大きくなったな。ゼロファ」
ぎゅ、と服を掴んでくる弟の指先が、震えている。
あとほんの少し駆けつけるのが遅れていたらと思うと、ぞっとする。
狭い階段を駆け上がる途中、鉢合わせた数人の軍服の人間を、片手の短剣で次々に瞬殺する。
―――首を回収にきた奴らか。
弟は、絶対に、殺させない―――。
5人目の敵の首を掻いたところで、浴び過ぎた返り血で手が滑った。
「っ・・!」
「ゼロファ!」
ドッと転ぶも、狭い階段だ。
手放してしまった弟が、落ちていくということはなかった。
どうにか自分で立ち上がろうとする弟に、手を伸べる。
「生きよう、二人で―――」
ドン、という衝撃が、鈍く響く。
背中から、胸元。
汚い長剣が、身体のまんなかを、貫いていた。
「―――お兄ちゃん・・・!!」
可愛い弟の声が、きこえる。
それだけで満足―――という訳にはいかない。
折角助けたのに、このままでは、弟まで敵兵に殺されてしまう。
命が消えていく激痛と脱力を全力で無視し、振り返るのと同時に敵の首をザっと削ぐ。
―――次の敵は、いるだろうか?
前が、みえない。
「・・・なんでこんな所で死んでるの? エイル=アーカイル=レトン」
どこか聞き覚えのある女性の声が、きこえる。
弟が、震えて、泣いている。
「・・・あなたもなくしたのね。大切な人を・・・」
地響きのような音が、大きく迫ってくる。
「ここは水没する。あなたもすぐに、エイル王子の後を追えるよ」
「・・・・・・ない」
「?」
「・・・死にたくない・・・死にたくない・・・っ」
頼む。
弟を、救ってくれ―――。
あたり一面が、突然の大洪水に水没する。
濁流となった黒い水の遥か上空。
巨大な蛇のようなものが、するすると空を飛ぶ。
その背中に、茶髪の女と、白い髪の弟の姿があった。
―――良かった。
ゼロファは助かったんだ。
それにしても、王太子という身分がありながら、立場と役割に囚われ過ぎていた。
自分の手で弟を守り切ることが出来なかったのが、悔しい。
もしも、やり直す機会があるのなら・・・
今度はどんな手段を使ってでも、この手で弟を守り通す―――。
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