第122話 金貨をどう使うかは俺の自由だ!(15)

「カエデ! 今、お父さんたちが神祓いの舞の練習をしているのが分からないの!」

 縁側の先に広がる庭では父正行があきれたような顔をしながらこちらを見ていた。

「すまんな……カエデ……今は時間がないんだ……」

 正行の言葉にカエデはしまったといわんばかりの表情を浮かべると、とたんにシュンとなる。

「ごめんなさい……お父さん……」

 ――俺にも謝れよ!

 と、頭をこすりながら今度はタカトがふくれていた。


 チリーン

 再び縁側に座ったナヅナは腕につけたサクランボのような二つの鈴を鳴らしはじめた。

 そして、透き通った声で歌い出すのである。

 庭に広がる玉砂利の上では父正行がその歌声に合わせるかのように剣舞を舞っていた。

 それは時には荒々しく、そして時にはもの悲しさを漂わせる。


 正行の横に並ぶ一人の青年が、その後を追うかのように剣を振りはじめた。

 それは洗練された父の舞とは異なり、どこかぎこちなく見てられない。

 だが、なぜか幼きタカトにはその舞に親近感を感じずにいられなかったのである。

 そんな二人が織りなす神祓いの舞に、しだいに目を奪われていく幼きタカト。

 その小さな手から、先ほどまで作っていた泥団子がするりと放れて落ちていく。

 そして、抗いがたい大きな衝撃と共に大きく二つに割れたのだった。

 それはまるで、これから別々の生きざまを歩み始めるタカトとカエデのようでもあった。


 コンビニへと続く夕方の街通り。

 チリーン

 人々が行き交う喧騒がどんどんと大きくなっていく中に、徐々に小さくなっていく鈴の音がとぎれとぎれに隠れていく。

 ――見失う! まずい!

 懸命にその鈴を追いかけていたタカトは、とっさに手綱を放り捨てると荷馬車から飛び降りた。

「ビン子、先に店に行ってろ!」

「えっ、ちょっと! タカトはどうするの?」

 宙ぶらりんとなった手綱を慌てて握るビン子は、人ごみの中に分け入っていくタカトの背中を目で追った。

 そんなタカトは振り向くことさえせずに走っていく。

「やることができた!」

「えー、ちょっと、何か買ってくれるんじゃなかったの」

 少々、当てが外れた表情をのぞかせたビン子は、少しでも遠くを見ようと御者台の上で伸びあがる。

「あとでな!」

 そういうタカトの声は通りを流れる喧騒の川へと沈んでいった。


「ちょっと、通してくれ!」

 徐々に小さくなっていく鈴の音へと懸命に人ごみをかき分けおいかけるタカト。

 ――あの鈴はお母さんの持っていた鈴の音に似ている。いや、間違いないお母さんの鈴の音だ!

 ならばあの鈴を持つ女は、タカトのお母さんだというのか?

 だが、その後ろ姿はどう見ても20歳ぐらい……

 お母さんって、そんなに若かったっけ……

 逆算すると4歳でタカトを出産? それは、さすがに無理やろwww

 いやいや女の人は化けるのだ。

 しかも、男の中では自分の母親は3割増しで美化される。

 それがマザコンというやつだ。


 だが、そももそも……

 ――確か……お母さんは……獅子の顔の魔人に首を絞められていたはず……

 そう、それが崖から落ちゆくタカトが見た最後の光景だったのだ。

 ――生きているはずは……

 だが、父のように魔人に命を奪われた瞬間を見たわけではない。

 もしかしたら……まだ、生きていたのかも……

 ――きっとそうに違いない……

「お母さぁぁぁぁぁぁん!」

 目の前の鈴の音へと手を伸ばすタカト。


 だが、もう少しのところで鈴の音がそんな手を避けるかのように建物の角を曲がったのだ。


 タカトもまた、その後を追うかように急いで曲がった。

 しかし、その先はさらに多くの人が行き交う大通り。

 何重にも重なる人の白波が鈴の音をすでに飲み込んでいた。

 それを必死にさがすタカト。

 どこだ! どこだ! どこだ!

「お母さん……お母さん……どこ行ったんだよ……くそ!」


 耳に手をあて必死に鈴の音を拾おうとするも、街が作り出す喧騒にまぎれて聞こえない。

 人の波に逆らい右や左を探すものの女の姿は消えていた。

 ――お母さん……お母さん……

 流れに漂うタカトの時間だけが無駄に過ぎていく。

 ――なんで……俺の声にこたえてくれないんだよ……

 もしかしたら、もうすでに女はここから離れてしまった後なのかもしれない。


 そんな人の流れの中に呆然と立ち尽くすタカト。

 家路を急ぐ足早の人々がぽつんと浮かぶ小さな岩のようにタカトの前で二つに割れては再び一つにまとまって流れていく。

 まるでそこだけ時間が止まっているかのようでもあった。

 だが、そんな時間を無理やり動かすかのようにタカトは自分に言い聞かせるのだ。

 ――だいたいあの小さな鈴……あんなものどこにだって売っているじゃないか。

 しかも、10年も前の鈴の音だ。そんな自分の記憶だって定かではない。

「やっぱり……あれはお母さんじゃ……なかったのかも……」

 後ろ髪をひかれながらもタカトは体の向きを変えた。

 そして、力なくもと来た道を歩みだす。

 ――お母さん……

 あきらめたタカトは仕方なくビン子が待つ店へと向かったのだ。

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