第110話 金貨をどう使うかは俺の自由だ!(3)

 ――言えない……

 そう、今ここで、タカトが犯人ですなどと言えるわけがなかった。

 もし、そんな事を言えば、今度は最愛のタカトがこの牢屋に入れられることになるのである。

 前科者……

 それはタカトの経歴に傷がつくことを意味する。

 そんな事になれば、真音子が持つ壮大な計画が台無しになってしまうのだ。

 真音子の計画?

 そう、真音子はタカトと結婚するための人生計画を立てていたのである。

 その計画はこうだ。

 タカトがトップアイドルになって、世界中のマスコミや世間が注目するトップアイドル同士の結婚式を大々的にドカーンと武道館で開催するというものだった。

 えっ? 意味が分からない?

 今は分からなくてもいいんですよ。

 どうせ真音子が子供の時に語った夢のような戯言なんですから。

 だが、当の真音子はその戯言をかたくなに信じて守ってきたのだ。

 タカトがトップアイドルになるまでは決して姿を見せないと!

 ただし、借金の取り立てなど公務の場合は別のお話し!

 公私はちゃんと分けないといけません!

 だがしかし、待てども待てどもタカトは一向にトップアイドルどころかアイドルになる気配を見せない。

 それどころか、こともあろうかしがない道具屋になろうとしているのだ。

 どないなっとんねん!

 あの時の約束はどうなっとんねん!

 仕方ない……このままダレダーには犯人でいてもらおう。


 そんな時である。

 真音子の目の前の仮面ダレダ―が頭を両手で押さえてうめき声をあげはじめたのだ。

「うごぉぉぉぉ……」

 ちゃぶ台に度も頭を何叩きつけながらもがき苦しんでいる。

 その様子を茶をすすりながら平然と見続ける真音子の胆力はさすがと言うべきか。

 一方、イサクは少々うろたえていた。

 ――もしかして……俺がいれた茶のせいなのか?

 倉庫の中で飲めそうなお茶を探したのだが、そう都合よく見つかる訳もなく……

 とりあえず、ハンディマッサージャーや麻縄に混じっておかれていた干からびたゴーヤを潰してお茶にしてみたのだ。

 ――ゴーヤ茶には脂肪燃焼効果がありダイエットに最適のはず……


 ちゃぶ台に頭を押し付ける仮面ダレダ―がブツブツと小さくつぶやく。

「ゴ……ャ……くせえ!」

 それを聞くイサクのかぶる紙袋に涙が浮かんだ。

 ――やっぱり俺のせいだ! ゴーヤ臭えもん! というか、最初から変な匂いしてたし!

 ダレダ―はちゃぶ台をドンと大きく叩くと大声を張り上げた。

「ゴチャゴチャうるせえ! 俺の頭の中で騒ぐな! ヨメル!」

 えっ?

 ゴチャゴチャ?

 ゴーヤじゃないの?

 ――ということは、俺のせいじゃないじゃん! よかった!

 ホッと胸をなでおろすイサク。


 それに対して真音子はそのダレダ―の言葉を聞くとキッと鋭い視線を向けた。

 ――ヨメル?

 ヨメルといえば、第一の魔人騎士の名前ではないか。

 なぜ、この仮面ダレダ―がヨメルの名前を叫ぶのだ?

 しかも、この様子……ヨメルの声がダレダ―の頭の中で響いているというのか?

 ――そんなバカな……

 だが、目の前のダレダ―のもがき苦しむ様子を見る限り演技や発狂、思い込みといった類ではなさそうなのである。

 となると、本当にダレダ―の頭の中にヨメルの声が響いているのだろう。


 ――蘭丸ヨ戻れ……蘭丸ヨ戻れ……

「くそ! さっきから蘭丸!蘭丸って、一体、誰の事だよ! というか俺は誰なんだ!」

 しばらくちゃぶ台に頭を押し付けていたダレダ―の動きが静かになった。

 それを見る真音子が茶を台に戻すと静かに声をかけた。

「落ち着きましたか?」

「あぁ……すまない……」

「あなたの頭にはヨメルの声が聞こえるのですね」

「あぁ……あいつが俺を呼ぶ声がたまに聞こえてくるんだ……」

「あなたは一体、ヨメルとどんな関係なのです?」

「すまない……それは言えない……」

「そうですか……なら、あなたの素顔、いや、本名を教えていただくことはできませか?」

「すまない……覚えていないんだ……俺は自分の過去の事を何も覚えていないんだ……」

「そうですか……」

 再び茶を口にする真音子。

 その様子にイサクが口を突っ込んだ。

「お嬢! そんなヨタ話で納得するんですかい! こいつは魔人騎士ヨメルとつながっているんですぜ!」

「構いません……」

「いやいや……お嬢、それでは済まんでしょ!」

「イサク……この方の脱ぐことができないヘルメット……おそらく、第二の騎士クロト様の作ったものです」

「えっ? 本当ですかい?」

 イサクはダレダ―のヘルメットに手を伸ばす。

「俺の仮面に触るな!」

 ダレダ―は、そんなイサクの手をパッと振り払った。

「確かにこれはクロト様が俺に作ってくれたものだ」

「おそらく大方、そのヘルメットがヨメルの声を遮ってくれているといったところでしょうか」

「その通りだ……」

「なら、あなたの身柄はクロト様が預かっているのと同じこと……私たちが口を出すことではないでしょう」

「お嬢がそう言うのなら……文句はないのですが……」


 真音子は一息つくとダレダ―に言葉をかけた。

「その様子だと……早くここから出て、クロト様の所に戻る必要があるのではないですか?」

「……そうなのだが……冤罪だという事を誰も信じてくれないんだ……」

 そう言うダレダ―はがっくりと肩を落としていた。

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