第106話 第一駐屯地(21)
強い日差しから避けるように荷馬車の陰に隠れたビン子は、車輪に持たれて座っていた。
その横にいそいそと座ったタカトは、物欲しそうにビン子の手にある少々小ぶりな『思いでぽろぽろほろにがパイパイ』を覗き見た。
ビン子が持つ『思いでぽろぽろほろにがパイパイ』は、タカトのモノとは違って大きさで言うとBカップぐらいの大きさなのだ。
たしかにEカップの大きさは捨てがたい……捨てがたいのだが、ウ〇コがトドのように大きくなるのは御免こうむりたい……
だって、女の子だもん。
「ビン子ちゃーん。そのパイ、少しちょうだい」
タカトは、子犬のように上目遣いでビン子の肩にすり寄りねだりだした。
うっとおしそうなビン子は、パイとタカトを交互に見くらべる。
「……仕方ないわね」
「ビン子さま! あざーす!」
仰々しく受け取ろうとするタカトは、頭の上に両手をかざす。
差し出されるその手に、ビン子は二個あるパイのうちの一つを偉そうに置いた。
あのビン子の勝ち誇ったかのような目。
まるで王妃がしもべに施しをするかのようである……
――あれ? なんか……温かい……
タカトの手のひらに置かれたパイからは、なぜか出来立てほやほやのような生温かさが伝わってきたのだ。
ビン子さん……今までこのパイをどこにしまっておられたというのでしょうか?
かつて豊臣秀吉が織田信長のぞうりをふところで温めていた逸話のように、ビン子もまた胸の中で温めていたというのだろうか?
どうやらそのことが気になったタカトは、そのパイを犬のようにクンクンと匂いだした。
――あっ! ビン子の香りだ!
ビシっ!
「この変態! 匂うな!」
その刹那、赤面したビン子のハリセンが、タカトの後頭部をおもいっきり直撃していた。
恥ずかしさをとっさに隠そうとしたビン子は、とても気が焦っていた。
というのも、今日の天気はバカみたいによかったのだ。
当然、ここに来るまでの道中にビン子はかなりの汗をかいていた。
そしていつしか、『思いでぽろぽろほろにがパイパイ』にはしっかりとした塩味がしみこんでいたのである。
そんなパイをタカトが、クンクンと匂い始めているのだ。
――きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ! やめてぇぇぇ!
そして、勢い余ったビン子は、タカトをしばくハリセンを両手でしっかりと握ってしまったのである。
そう、両手で!
先ほどまで、それぞれ別の手で握っていたBカップのパイパイ。
一つはタカトの元へと去ってしまったが、もう一つは、当然ビン子の手の内に残ったままだった。
だがいまや、そのビン子の両の手にはハリセンが握りしめられているではないか。
「アッ!」
と、思ったときにはビン子が持っていたBカップのパイパイは、すでに地面に落ちてつぶれていた。
それはまるで、今のビン子のようにAカップ以下の真っ平になって……
落ちたAカップ以下のパイを見つめるタカトは、なんだか申し訳なく思ったのか「これ返すよ……」と、分けてもらったBカップのパイをビン子に返した。
そして、自分は地面に落ちていたパイを拾いあげ、ついた土を払い食べだしたのである。
ジャリジャリ
だが、丁寧に小石を払ったつもりでも細かい砂はなかなか取れない。
モグモグと動くタカトの顎からは砂をかむ音がもれていた。
ぺっ! ぺっ!
ついに我慢できなくなったタカトは、口に含んだパイを吐き出した。
「やっぱり、これ……いっぺん洗わんと無理だな……」
って、まだ、食べる気なのかよ。
アホか! 食べ物を粗末にするやつが、貧乏道を極められると思っているのか!
「……ごめん」
ビン子は、返してもらったBカップのパイをすまなそうにタカトへと差し戻した。
だが、タカトは、そのパイをさらにビン子へと強く押し返す。
「ビン子、お前、ちゃんと食っとけよ。まじで胸大きくならないぞwww」
タカトは笑う。
「だいたい今日はご馳走だからな。一杯食べるためには腹の中に茶色いトドなど召喚している余裕などないからな!」
カラ意地をはるタカトの腹がグーッとなる。
だがタカトは笑いながら「今、鳴るな!」と言わんばかりに、その腹を強くグリグリと押さえつけるのだ。
「だから、ビン子のご馳走は俺がいただいてやるから、安心して『思いでぽろぽろほろにがパイパイ』でも食って、腹の中に大量のナマコを召喚しといてくださいな!」
いやらしくにやけたタカトの口元を、おばさんのようなクネクネとした右手が押えていた。
そんな時である。
二人の鼻先においしそうな匂いが漂ってきたのだ。
辺りを見回すタカトとビン子。
駐屯地の大きな広場の片隅に人力で引っ張る屋台が店を出しているのが見えた。
一体、いつの間に?
だが、おいしそうな匂いは、その屋台から漂って来ているのは間違いなかった。
いつしかタカトとビン子はよだれを垂らしながらその屋台へと吸い寄せらていく。
だが、その屋台を前にして、ビン子の足が突然止まった。
しかも、なぜか全身が小刻みに震えだしている。
「どうした? ビン子。ションベンか?」
これでもタカトは、タカトなりにそれとなく気遣ったつもりだったのだ。
だが、ビン子はそんなタカトを相手にすることもなく大きく目を見開いたまま。
「もしかして……もしかして……この屋台は……」
「この屋台がどうしたって?」
不思議そうに屋台とビン子を見比べるタカトには、どうにも今一よく分からない。
だが、屋台にかかるのれんには、おおきく文字が描かれていた。
――なになに……なんて書いてあるんだ? ギロチン?
もしかして、この店に入ると首が飛んで血まみれになるとかなのだろうか?
それで、ビン子はおびえているとか……
だが、そんなタカトの横でビン子は歓喜の声を上げているではないか。
「間違いないわ! これは伝説の屋台ギロッポンよ!」
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