第95話 第一駐屯地(10)

「開血解放!」

 そう、ジャックはいきなり魔装騎兵に変身するやいなや、手に持つ荒波の剣を一気に振り下ろしたのである。

 瞬間、空に飛び散る無数の魔血。

 まるで花火の菊のように尾を引きながら落ちていく。

 その様子をみるジャックは慌てて手を伸ばした。

「おっと! イケねぇ! ボーナス! ボーナス!」

 落ちていく神民魔人の髪の毛をとっさに手に掴むと、ジャックの体も勢いを失い次第に降下をしはじめたのだった。


「小僧! 貴様のおかげでノルマ達成だ!」

 そんな神民魔人の亡骸を掴んで戻ってきたジャックは、先ほどからニコニコとタカトの頭をポンポンと小突いていたのである。

「これでやっと、内地にいる娘のもとに帰れるわ~」


 言い終わったジャックは魔人の亡骸につけられていた神民の刻印を確認し始めた。

 ――コイツ……第六の神民魔人か……

 そう、この魔人の胸には、主である第六の魔人騎士ガメルの印が刻まれていたのだ。


 ――まぁ、神民魔人に間違いないんだから、ノルマはクリアーだよな。

 ジャックは主であるアルダインから命令されていたのである。

 神民魔人を10匹殺すまで内地に戻ってくるなと。

 たかが10匹……

 されど10匹なのだ……

 この10匹を倒すだけでどれだけ、一体どれだけの時間を費やしたことか……

 かれこれ3年……

 この第一の門外フィールドでヨメルが輸送隊を襲撃したのを、カルロス教官と共に追い返して以来、すっとの事だ……

 それから、ず~っと、この駐屯地勤めなのだ。

 内地に帰ることも許されず……ず~っと、ずっと駐屯地勤め……

 生まれた娘もすでに5歳……きっと大きくなったことだろう……


 ――しかしなんで、第六の神民魔人が第一の門外フィールドにいるんだ?

 そう、ここは第六のヨーク同様に、この魔人もまた自分のスキル「魔獣回帰」が発動できるフィールドではないのだ。


 ――しかも、わざわざ危険をおかして聖人フィールドの奥にまで入り込んできやがって……

 通常では考えにくい。

 神民魔人は、魔人騎士の力を維持するには必要な存在なのだ。

 そんな神民魔人を、わざわざ敵のフィールドの中に送り込むという危険な行為は、到底、理解しがたい。

 だからこそ、ジャックが10匹の神民魔人を狩るのに、かなりの時間を要したのである。

 だが、目の前の魔人は、どう見ても第六の魔人騎士ガメルの神民魔人。

 ならば、どうしてもこの聖人フィールド内に飛ばさねばならなかった理由があるということなのだろう。

 ――なんだ……何がしたかったのだ……いや、何をしていたんだ……

 もしかしたら、先ほどのカマキガルの群れと何か関係があるのだろうか?

 確かに、いくらカマキガルの巣があると言っても、これだけの群れがいきなり動き出すのはおかしいと言えばおかしい……

 もしかして、このカマキガルの群れを、どこか別の場所に連れて行こうとしていたのではないだろうか?

 ――第六の門外フィールドで、なにやら面白そうなことが起きそうだな~

 そんなジャックの目は、いやらしい笑みを浮かべていた。

 

 とりあえず難を逃れたタカト君。

 ――よく分からんが……命は助かった……

 額の汗をふきふき、いそいそとカマキガルの骸を荷馬車の荷台に運び始めた。 


 その時である。

 タカトたちの荷馬車の後ろから、別の荷馬車が怒涛の勢いで駆けつけてきたのだ。


 キキッキーーーーーーー!

 そんな荷馬車が、まるで自動車がドリフトをするかのように激しい音を立てながら滑っていくと、タカトの横でピタリと動きを止めた。

 それと時を同じくするかのように、荷馬車の御者台からは一人の男が転がり出てきたではないか。

 その男の顔からは、まるで出来たてのおでんのような湯気がホワホワと立っている。

 その疲れなのかどうか知らないが、ガンモのような丸顔にはいたるところにしわが寄っていた。

 この男、名前をモンガ=ルイデキワといい、ベッツの父親である。

 そう、ガンモ、いや、モンガは第一駐屯地のお抱えの輸送隊なのだ。

 今回、タカトたちが運んだ毒消しも、本来であればモンガたちが運ぶはずだった。


 地面に降りたモンガは、そのデブい体をボヨンボヨンと揺らし、周囲を索敵警戒しているジャックにわざとらしく急いで駆け寄った。


「ジャックさま。遅れてしまい大変申し訳ございません」

 大げさに息を切らしているが、一目でそれは演技だと分かってしまう。

 というのも、頭からたちのぼっている湯気だって、到着直前に霧吹きで吹き付けただけ。

 要は、この男、嘘つきなのだ。


「遅いんだよ! ボケ!」

 ジャックは呆れた様子でモンガを睨み付けた。

「すみません……というのも、今朝がた、息子のベッツローロが人魔に襲われたものでして」

「人魔か……それで、その人魔はどうした?」

 わざとらしくおでこの汗をハンカチで拭くモンガ。

 言っとくけど、それ汗じゃなくて、霧吹きのお湯だからね。

 そう、お前が走ったのは、この10歩のみ!

 ガンモだけに! まるっとお見通しだ!

 と、そんなことをまったく気にしないガンモ、いや、モンガは言葉を続けた。

「赤の魔装騎兵が現れまして、人魔をあっという間に倒してしまわれました」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る