第87話 第一駐屯地(2)

 しかし、ジャックが言っていることはあながち間違ってはいない。

 今回、幸いにも積荷は無事だった。

 だが、一般人であるタカトやビン子を危険な目に合わせてしまったのは事実である。

 あれだけ、彼らの前で自信満々に俺に任せておけと偉そうに啖呵を切ったにもかかわらず……

 しかも、もし仮に積荷が襲われていたならば、第一の騎士であるアルダインがエメラルダに対してセクハラまがいの嫌味をいうのは明白であった。

 そう、ただでさえ、エメラルダは日頃からアルダインに目をつけられているのだから。

 

 融合国の中心にある王宮。

 そんな王宮の大広間では、御前会議が毎月行われていた。

 第六の騎士であるエメラルダもまた、その会議に顔を出すために大広間へと足を向けるのだ。


 石造り大広間は重く静かな雰囲気を醸し出していた。

 いくつもの大きな窓から差し込む日の光が、黒い石床を白く輝かせている。

 そんな広間の奥には王が座る玉座が一つ。

 そして、その前に8人が座れる重厚な円卓が置かれていた。

 そう、その円卓こそが、第一から第八までの騎士の座る場所なのである。


 エメラルダは自分の席に腰かけて、時が来るのを静かに待っていた。

 すでに円卓の席は、ほぼ埋まっている。

 残っているのは、王の玉座に一番近い第一の騎士の席、そして、エメラルダの横の第七の席と少し離れた第四の席だけである。


 そんな中、大広間のドアがあわただしく開いた。

 禿げた男が、すらりとした美女を一人従えて入ってきたと思うと、下品な声で笑うのだ。

「悪い! 悪い! ちょっと用を足していてな」

 そう、この男こそ、第一の騎士アルダインであり、その横に付き従うのは美人秘書のネルである。


 そんなアルダインが、エメラルダの背後に差し掛かると、そっとその耳もとでささやくのだ。

「なぁ、エメラルダちゃん、今度、2ヒューマンオンリーでギロッポンアラウンドでシースーでもカミカミごっくんしにゴーしない?」

 エメラルダは表情を変えず、前を向いたまま答えた。

「全く意味が分かりませんが……」

 アルダインの横に立つネルが、すぐさま説明を入れた。

「エメラルダさま、今度、二人で六本木あたりで寿司でも食べに行きませんか? とアルダイン様は申しております」

「あなた、今の言葉、分かるの?」

 後ろを振り向いたエメラルダは驚きの表情を隠せないでいた。

「アルダイン様とは……長いですから……」

 顔を上気させているネルは、まるで口の中の匂いをハンカチで隠すかのようにしながら、エメラルダの視線から目をそらした。

 そんなネルを憐れむように見るエメラルダは、

「あなたほどの才能。引く手あまただと思うんけど。ねぇ、アルダインから離れた方が、あなた自身のためになるんじゃないの? もし、よかったら、私のところに来ない?」

 一瞬、ドキッとした様子のネルは一呼吸置くと、少しつらそうな表情で笑みを浮かべた。

「私は……ただ……アルダイン様との約束を果たしているだけですので……」


 というかさ……確か、ここは聖人世界だよね……

 六本木とか寿司とかそのフレーズ、あなた方、分かるんですか?

 そっちの方が驚きですよ!

 まだね、スグル先生がいったニューヨークの方が、屁理屈つけとるだけマシですわ! マジで!


 そんな二人のやり取りに少々むっとしたのか、アルダインはエメラルダの肩に手を回す。

「ならさぁ~、シースーがいやなら二人でしっぽりずっぽり温泉なんかはどうだ?」

 そんな指さきが、いやらしいしぐさでエメラルダの首筋をさすりだすのだ。

 ――きもっ!

 とっさにエメラルダはバンと勢いよく立ち上がったかと思うと、

「絶対にイヤです!」

 と、アルダインのキッと睨みつけ、その手をグイグイと掴み締め上げていた。

「イテテテ……オイ! オイ! ワシは宰相さまだぞ! 分かってんのか⁉」

「それがどうしたというのですか! 大体、あなたに真の宰相の資格があるというのですか?」


 ――どういうことだ?

 途端、真顔に変わるアルダイン。

 だが、エメラルダはその勢いのままに責め立てる。

「3年前のヨメル襲撃の時……現場にいた我が部下カルロスは魔人騎士ヨメルの残した言葉を聞いております……」

 と、言いかけた時、エメラルダの体が硬直した。

 というのも、アルダインの手が、エメラルダの左胸をわしづかみにしていたのだ。


 ――ピイピイとうるさい女だ……

 その握る手に力を込めるアルダイン。

 ――この場で、いらぬことをしゃべられても面倒なだけ……さっさと口を封じておくのが得策というものだが……

 だが次第に、いやらしい笑みに変わりゆくアルダイン。その手はタコのように胸を揉みしだき始めていた。

 ――しかし、惜しいよの……この胸……この美貌……


 一瞬、訳が分からなかったエメラルダ。

 だがすぐに顔を真っ赤にしながらアルダインの手を振り払い、胸を押さえて身をよじった。

「この変態ジジぃぃぃ!」

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