第86話 第一駐屯地(1)


 まるで蚊柱がたっていたかのようにうじゃうじゃいたカマキガルが、今はもう無い。その代わりといってはなんだが、地面の上には大量のカマキガルの残骸が転がっていた。


 そんなカマキガルの切り刻まれた肉片の陰では、奴隷兵たちが身を縮めるかのように隠れ震えている。というのも、彼らが持っていたはずの盾は、ジャックが放った斬撃ですでにボロボロ。盾の原型すら残っていないありさまだったのだ。


 この状況、おそらく奴隷兵の何人かは、首を飛ばされ死んでいたとしてもおかしくはなかった。だが、今回に限って言えば、誰一人として死んでいなかったのである。


 そんな奴隷兵たちの前では、いまだに両前腕を交差させ、体全体で防御姿勢を取るヨークが立っていた。

 ビッー! ビッー! ビッー! ビッー!

 先ほどから、彼の魔血ユニットが魔血切れの警告音を懸命に響かせている。

 

 魔装装甲をまといしヨークは、見境なく飛んでくる千波万波せんぱばんぱの斬撃をその体で受け続けていたのであった。

 本来、ヨークにとってジャックの直線的な斬撃など、かわすことは簡単なこと。

 ただ、単に飛んでくる数が多いだけのことなのだ。

 だが、ヨークの背後には逃げ遅れた奴隷兵たちが何人かうずくまっていたのである。

 今ここで飛んでくる斬撃を避ければ、間違いなく背後の奴隷兵たちは小間切れ肉になってしまうことだろう。

 本能的にそれを察知したヨークは、目の前で振り下ろされるカマキガルの攻撃などよりも、ジャックから飛んでくる斬撃をまず優先したのであった。


 だが、斬撃は止まらない。

 周囲のカマキガルを切り刻んだ今でも止む気配を見せないのだ。

 ジャックと言う男、もしかして強い自分に酔っているのだけなのだろうか。

 その証拠に、先ほどから振っている剣はどこをむいているのかわかりはしない。

 もう、めちゃくちゃ。


 とはいえ、そんなジャックの斬撃でも受け続ければ、当然、堅い魔装装甲といえどもおのずと限界はやって来る。

 しかも、ヨークはジャックと違って限界突破ができていないのだ。

 その力量差は歴然……

 次第にトラの黒き装甲にひびが走っていくと……

 ついに装甲が崩れ出す。


 そんなときである。

 やっとジャックの斬撃が止まったのだ。

 どうやら、剣を振り続けるのに飽きている様子。

 と言うのも、ジャックの前に立っているのはすでにヨークを残すだけになっていたのである。


 仮面のひび割れの中からヨークの黒い瞳が安堵の色を放っていた。

 ―― 間一髪か……あのままでは完全に魔血切れを起こしていたな……

 ヨークはいまだ警告音がなり続ける魔血ユニットをやっとのことで解除した。

 それに伴い、黒き魔装装甲がまるで蒸発していくかのように消えていく。

 その後には疲れ切ったヨークの姿。


 そしてまた、ジャックも開血解放を解いていた。

 魔血ユニットから空になった魔血タンクを左手で取り出しながら、カマキガルの骸を睨みつける。

「おいおい! もしかしてこれ全部、ただの魔物かよ!」

 足元のカマキガルの頭を足で確かめるかのようにグニグニとより分けている。

「あれだけの群れで来たら一匹ぐらい神民魔人がいるのが普通だろうが!」


 強さ! それだけが魔人世界では絶対のルールである。

 だからこそ知能が少ない魔物は、本能的に強いものに従うのだ。

 逆に言えば、自分よりも弱い者には従わない。

 要は、強い隊長クラスがいないと統制すらとれないのだ。

 それなのに、100を超える魔物が徒党を組んでやってきた。

 誰しも、より強い神民魔人が統率していると思っても不思議ではなかったのである。だが、今ここに転がっているのは、ただの魔物。聖人世界で言えば、一般国民以下の身分に属する魔物たちばかりなのだ。


 それを理解したジャックは、かなり頭に来ているようで、足元にあるカマキガルの頭を何度も何度も力いっぱいに踏み潰していた。

「くそっ! 神民魔人をつぶしたときのボーナスが無しかよ! せっかく、娘に人形の一つでも買ってやれると思ったのによ! くそっ! くそっ! くそっ!」

 だがしかし、またもやその行為にも飽きたようで、さんざん魔血を撒き散らしていた足がピタリと止まっていた。

 今のジャックは、目の前にヨークの姿を見つけたのだった。


「おい! そこのよわっちいの。お前も神民兵か?」

「はい、第六の門の神民兵でヨークと言います」

 それを聞くジャックが嬉しそうに、いや、いやらしそうにニヤァっと笑うのだ。

「チミ! 黒いのまとってたけど、まさか、魔装騎兵じゃないよねぇ~」

 空になった魔血タンクを指先でくるくる回しながら、ジャックがゆっくりとヨークに近づいてくる。


「カマキガルごときに遅れをとる魔装騎兵って弱くない?」

 ――お前が、見境なく攻撃しているから俺は奴隷兵を守っていたんだろうが!

「大体、君が倒したカマキガルってこれだけ? あれだけ頑張って踊って、たったの30ぐらい?」

 ――バカいえ! 50は倒しているはずだ!

「俺なんか、一瞬で100は切り刻んじゃったよぉ~」

 ――……だが、それはお前が近距離型じゃないからだろうが! だいたい、お前は神民スキルの限界突破を使っていただろうが!

「俺がいなかったら、荷馬車、襲われてたよねぇ~♪」

 ――うっ……確かに……それはそうだが……

「輸送物資を守れなかったら大問題だよねぇ~♪ きっとエメラルダ様がチミの代わりに怒られちゃうんじゃないのかなぁ~♪」

 ―― ……

 下を向き、すでに言葉を発っすることができないヨーク。

「黙ってないでさぁ、どう思うのかなぁ~? ねぇ~ヨーク君~♪」

 ジャックはそんなヨークをさらに下から見上げるように馬鹿にしていた。

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