第84話 いざ、門外へ!(7)
いまや老馬は、今までの馬生の中で一番速く走っていたにちがいない。
だが、そこまで頑張っても、所詮は老馬!
鞭うたれ、スピードが上がっているとはいっても、ママチャリよりも遅い!
だが、こう見えても権蔵がタカトよりも信頼を置く働き者の老馬だ。
ピンクの汗をかきながらも、懸命に頑張った!
それもう、駐屯地にたどり着く前に、三途の川にたどり着きそうな勢いで。
おそらく、その馬の目には走馬灯が見えているのかもしれない。
そんな馬の上にカマキガルの羽音が飛来する。
だが、前を向くビン子の目には、そのカマキガルの姿が映っていないようだった。
だって、必死に鞭を振るっているから、それどころではなかったのだ。
しかし、御者台の上で尻もちをついて天を仰いでいるタカト君は違った。
特に何もすることがないその目は……見てしまったのだ。
どんどんと下降してくるカマキガルの姿を。
いまや恐怖で引きつるタカトの脳内では、かつて一世を風靡した曲が流れてくるようだった。
♪言えないのよ~♪
♪言えないのよ~♪
こんな事、ビン子に言えないの~
そうこうしているうちに、どんどん大きくなってくるカマキガルの複眼に自分の無様な姿がはっきり映るのだ。
それは、まるで……
♪目と目で通じ合う~♪
♪かすかに・ん……色っぽい~♪
色っぽいって、確かにカマキガルの複眼は緑色ですわ!
だって、魔物なんだモン❤
♪目と目で通じ合う~♪
♪そういう仲になりたいわ~♪
って、どういう仲やねん!
このままでは、三途の川でタカトとビン子と老馬の三匹でタノキントリオになってしまうわ!
このバカちんがぁあぁぁ!
金八センセーーーーーイ!
って、この三人のどこがタノキントリオやねん!
えっ? 分かんない?
タカトのタ!
ビン子のン!
そして、老馬のノキ!
そう、この馬の名前は忌野清志子というのだ!
イマワノキヨシコ! な、ノキあるだろ!
既に現実逃避をしているタカト君。
もしかして、これが走馬灯というモノなのなのだろうか……
違うかなぁ~
だって、死んだことないから、見たことないんだよねぇ~走馬灯!
舞い降りるカマキガルから、虫の奇妙な鳴き声が漏れる。
「ギギ!」
落下の勢いそのままに、鎌がビン子をめがけて振り下ろされた。
タカトは直感した。
――ビン子が死ぬ!
そう、ビン子は神である。
だが、記憶を失った神である。
そのため、不老不死の力など全く持っていなかったのだ。
「ビン子ぉぉぉ!」
恐怖に支配されていたはずのタカトの体が自然と反射的に動いた。
――今度は! 今度こそは!
振り下ろされる鎌を遮るかのようにビン子とカマキガルの間に我が身を押し込んだ。
――守る! 必ず守る!
タカトは、ビン子に抱き着くかのように覆いかぶさった。
飛びついた勢いで倒れこんでゆくタカトは、強くビン子をだきしめながら目を閉じる。
ついに覚悟を決めたのか?
いや……なんかそんな高尚な感じではないのだ……
いざ、ビン子を守ろうとカマキガルの鎌の前に飛び出たものの、やはり痛いのはイヤだった……
でも、この状況……いまさらためらっても、もう遅い。
ならせめて、赤い血がドボドボと出てくるのだけでも見ないようにしたいのだ。
――だって、あの赤い血をみたら、金玉がヒュンってなるもんね……
まさに、そんな感じで強く閉じられたまぶたは、いまやガタガタとみっともないぐらいに震えていた。
「きゃっ♥」
突然、タカトに抱き着かれたビン子は悲鳴を上げた。
一瞬、何が起こったかわからなかったが、いつもは決して見せないタカトのめちゃくちゃ積極的な態度に、ついつい身を任せてしまったのだ。
――もしかして……ここで、私とタカトは初めて一つになるのね♥
って……お-い! ビン子ちゃん! 今はそんな事を考えている場合じゃないと思うのですが……
というか、この二人、どちらもやっぱり考えることが、どこかズレとる……
――あっ! 赤ちゃんの名前考えないと♥
うん? 神と人間の間に赤ちゃん生まれるの?
さぁ、知らないけど生まれるんじゃない?
魔物と人間のあいだにだって半魔が生まれるぐらいなんだから。
でも、門をもたないノラガミが人間と結婚したところで、伴侶の生気を吸い取って、気づいた時にはミイラになっているのがおちなのだ。
それどころか、ノラガミ自身は生気切れを起こして荒神に……
もう、赤ちゃんどころの話ではない。
ということで、ノラガミが人間と恋に落ちるなどというのは自殺行為以外なんでもないわけなんですよ。
あっ! そうか! タカト君には『万気吸収』ってのがあったんだっけ。
って、この二人、その事実をまだ知りません!
知らないながらも、なぜか勝手に妄想爆発を起こしておるわけです!
鎌は倒れ込んだタカトの髪をかすめ御者台の縁に深く突き刺さった。
懸命に鎌を抜こうともがくカマキガルの足が、そのままタカトたち二人の上にのしかかる。
「ぐはっ!」
タカトは腹の下のビン子を潰すまいと、右ひざを立て隙間を作った
そんなタカトの背骨をカマキガルの体重がギシギシときしませるのだ。
だが、ついにタカトの右膝が崩れ、ビン子の体を押し潰す。
身動きが取れない二人。
それでもタカトは、ビン子を押しつぶすまいと腰を上げて体重をそらすのである。
だがしかし、ビン子の腰がタカトに腰について行く。
だって……あんなに遠かったタカトのぬくもりがこんなに近くにあるのだから。
服越しに伝わるタカトの鼓動が自分の鼓動とシンクロしていくのだ。
不謹慎ながらも、タカトをこんなに身近に感じられることに、ちょっとうれしさが込み上げていた。
この一瞬を大切にしたい……
そう思うビン子の手がタカトの背に回ろうとした。
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