第83話 いざ、門外へ!(6)
だがヨークの肩が、先ほどまでとは比べ物にならないほど上下していた。
そう、この技、思った以上に魔血と闘気の消費量が激しいのだ。
――ちっ! 『限界突破』が使えれば……ここまで苦労することもないのによ……くそ!
『限界突破』それは、神民が持つ固有のスキルである。
一時的ではあるが、己が能力をはるかに向上させることができるのだ。
まさに、戦闘においては必須と言ってもいいスキルである。
だが、ここは第一の騎士の門外フィールド。
第六の神民であるヨークにとってはフィールド外なのだ。
そうヨークは自分の第六のフィールドと融合国内以外では神民スキル「限界突破」が発動できないのである。
――泣き言をいっていても始まらんか……
ヨークは、慣れた手つきで魔血ユニットに差し込まれた魔血タンクをさっと入れかえた。
再び、魔血ユニットから魔血が魔装装甲に流れ出す。
――ならば、やれるだけやるだけのことよ!
「
再び放たれたヨークの右こぶしによって数体のカマキガルが粉々になっていた。
無数に飛び交う緑のカマキガルの群れが、荒野の中で一つまとまり、大きな球を描き出す。
その球の中で虎が一匹吠え続けていた。
激しく撃ち出される拳が魔血の紫色をまとっていく。
さながら緑の茂みの中で紫の花が一瞬咲いては散っていくかのようでもあった。
いまやヨークは、孤軍奮闘獅子奮迅の戦いを続けていたのであった。
御者台の上で振り返るタカトの目は魔装騎兵となったヨークの奮闘に釘付けになっていた。
先程までアホのように暴れていた鞭もピタリと止まり静かになっている。
そのせいか、老馬もまた自ずと静かにスピードが落ちていた。
ほんの数秒前までタカトの目は恐怖(?)の涙で一杯であった。
だが今は、第五世代の融合加工でできた魔装装甲への好奇心から、狂喜でランランと輝いているのだ。
「あれが魔装騎兵か! すげぇ!」
先ほどまで使用済みティッシュをどうしようとパニクッていたとは、思えないほどの変わりぶりである。
しかし、ビン子は、その変貌ぶりについていけなかった。
「今は、それどこじゃないから!」
身をよじるタカトの左手から強引に手綱を奪いとる。
だが、タカトはそんなことにはお構いなし。
「なぁなぁ、あれって、どんな構造になっているんだろうな。あとで見せてもらおうっと」
すでに興奮で声がうわずっている。
そんな荷馬車の後方では、ヨークの拳が次々とカマキガルの体を砕き割っていた。
もうすでに五十近くは潰しているはずなのに、いまだにカマキガルの勢いは衰えない。
どうやら、まだ、カマキガルの群れが集まってきているようなのだ。
もしかして、この近くにカマキガルの巣でもあるのかもしれないが、今はそんなことを確認している場合ではなかった。
とにかく、目の前のカマキリをひたすら潰すだけ!
だが、やはり……数が多い……
――オイオイ、この数……魔血タンクは持つのかよ……
魔血が切れれば、魔装装甲はヨークの血を吸い始める。
そして、最後には、ヨーク自身が人魔となるのだ。
そんなヨークが持つ魔血タンクの残りは、あと一本。
ヨークを襲っていた一匹のカマキガルがタカトたちの荷馬車に気がついた。
どうやら緑の複眼が走り去っていく荷馬車に狙いを定めたようである。
細い体に備わる二対の羽を広げると、大きな羽音を立てながら上空へと舞い上がっていくではないか。
しかし、今のヨークには、飛び去るカマキガルを引きずり下ろすだけの余裕はなかった。
周りには無数のカマキガルがひしめき合って輪を作っているのだ。
しかも、厄介なことに、その数はさらに増えている。
いまや、目の前の相手をどつくだけで精一杯。
――ちっ! このままでは守りきれん!
ヨークが荷馬車に向かって大声で叫んだ。
「少年! 駐屯地に向かって走れ!」
だが、当のタカトはそんなヨークをキラキラした目で見つめている。
――コイツ、絶対にヨークさんの声なんて聞こえてない……
ということで、横で手綱を引いているビン子が、むりやりタカトが持つ鞭を奪い取った。
そして、ピシリ! と、すかさず老馬の尻へと打ち食んだのだ。
悲鳴をあげる老馬。
本来なら馬に鞭など打ちたくはない。
だが、今はそんな事を言っている場合ではないのだ。
そう、こちらに向かってくる一匹のカマキガルが、さらに別のカマキガルたちを従えて群れをなしているのだ。
ごめんね! ごめんね! ごめんねぇ~!
心の中で謝りながら、ビン子は懸命に鞭を振る。
そのかいあってか、荷馬車のスピードがみるみる上がっていった。
ここは第一の門外フィールド。
荒野のフィールドだ。
当然、荷馬車が走る荒れ地はデコボコ。
ついに車輪が、こぶし大ほどの出っ張りに乗り上げると、荷馬車全体を激しく揺らした。
その反動は、いまだに後方を嬉しそうに見ているタカトの足元をすくった。
タカトのケツが宙を舞う。
そして、ついに御者台にドシンとしりもちをついていた。
「いて!」
御者台へと落ちた尻とは反対に足は真上へと跳ね上がる。
蹴飛ばされたタカトのカバンが宙を舞い、開いた口から道具がこぼれ落ちていた。
ハンマーとか。
プライヤーとか。
レンチとか。
そして、あのスカートまくりま扇も。
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