第77話 鑑定の神はおばあちゃん?(12)

 ミズイは、放心状態のタカトの首に手を回す。

 そして、顔を擦り寄せ、耳元で小さく囁くのだ。

「わしを労わってくれるのなら、もう一つのスキルも教えてやらんこともないぞ」


 とっさにビン子が、イヤらしい笑みを浮かべる老婆をにらみつけた。

 なに気安く近寄っているのよと言わんばかりの気迫がこもっている。

 その気迫に気づいたミズイはタカトからパッと離れるとビン子の目を睨み付けた。

 ――わしの鑑定眼をしても奴のスキルが、今一つよく見えん、もしかして、わしよりも上位の神か……


 ミズイは、後ずさりながら、ビン子を下から上へとまじまじと見つめる。

 ――しかも……こやつ……ノラガミのくせに……全く老化しとらん……あの胸はまさに幼女そのもの!

 そう、神は生気を吸収し続けないと荒神になってしまう。

 だが、神民を持たないノラガミにとって、生気を吸収し続けるというのは難しい問題だったのだ。

 たしかに命の石でもあればいい。しかし、そうそう、大量の命の石などにはお目にかかれない。

 ならば仕方なく、生き物の生気のおこぼれにあずかるしかないのだが、それを一日必死に回収したとしても、その日の活力にも全く及ばないのだ。

 だからこそ、ミズイは老化という方法を取って、少しでも生気の消費量を抑えようといたのである。


 だが、目の前のビン子の身体には生気が満ち溢れているのだ。

 もしかして、このノラガミは既に国を持ち自分の神民を持っているのか?

 ということは……

 ミズイは絞り出すように声を出す。

「お主……もしかして『名持ち』か……」


 訳が分からぬビン子は、目をぱちくりさせている。

「名持ちって?」


 ――先ほどから聞くビン子と言う名、もしかして……いや……それはありえぬ……こやつが、この小僧と契りをかわしているなどということは……

 そういうのは門を持った神がすることである。

 だいたいノラガミなどが契ったところで、子をもうける前に生気切れを起こして荒神になってしまうのがオチなのだ。

 しかも、ココは融合国。融合の神スザクが所有する大門がある国なのだ。

 目の前のビン子が所有する門などありえない。

 まぁ、確かに小門があれば、その内側は別の世界の話になるのだが……あいにく、ココは小門の中ではない。


 ――やはり……あの小僧のせいか……

 そう、タカトのもう一つのスキル。あの荒神が有していると思われるスキル。

 『万気吸収』!

 生き物だけでなく、石や水、空気といったあらゆるものに宿る万気。

 言わずもがな生気の根源となる気である。

 そんな万気を呼吸するかのように吸収することができるのだ。

 万気を吸収するタカトはいつも生気で満ち溢れている。

 この生気、鍛えれば戦闘に特化した闘気や覇気へと変わる。

 常に万気を吸収し続けることができるタカトが、もし覇気などに目覚めれば、その強さはおそらくこの国の騎士などはるかに凌駕するものになるだろう。

 そう、不老不死の騎士といえども、その生気の量には限界があるのだ。

 それは、騎士が有する神民の生気量。

 その神民の生気を使って騎士は己が力に変えているのである。

 だから、当然、その神民たちの生気が尽きれば、騎士の力もついえる。

 それに比べて、このタカトの力は無尽蔵……

 もしかしたら、その強さは神にも匹敵するかもしれない……


 そんな生気が体に満ち溢れていれば、当然、崖から落ちた瀕死のケガであってもたちどころに治るはずなのだ。

 だが、タカトはケンカのたびに「痛い! 痛い!」と泣いている。

 実際に、擦りむいたケガなどは数日たっても治らない。

 それどころか、生気が多ければ、おのずとケンカには強いはずなのに、一度も勝ったためしが無いのだ。

 母との約束でケンカを避けている? いやいや、本当に勝てないのだ。マジでやっても勝てないのだ。

 もうなんというか、この大量の存在する生気の効果がなにも発揮されていないような気がする。あっ! もしかして、人一倍、おっぱいに執着して性欲丸出しのところとか?


 ――このノラガミ……この小僧から生気を吸収しておるのか……

 そう、ビン子は無意識のうちに、タカトを命の石代わりにしていたのである。

 タカトの側にいれば、ビン子は自然と生気を吸収できるのだ。

 命の石だって生気を吸い取ればボロボロに崩れるのに、このタカトは次から次へと生気を発するのだ。

 これは超便利!

 って……もしかして、タカトが強くなれないのはビン子ちゃんのせい?


 ――ならば、この小僧がいれば、ワシの恩恵の力ももっと強く発動できるというもの……

 そう、ビン子にできてミズイにできないわけはない。

 無限の生気があれば、老化などで生気の消費量を調整することはないのだ。

 しかも、最大パワーで髪の恩恵を使うことすらためらうことがない。

 ――そうなれば、マリアナやアリューシャの居場所も必ずきっと……

「まぁよいわ。いずれその小僧はわしがもらうとしよう」

 そう言い残すとミズイは、路地の闇に混ざるように霧のように消えていった。


 そんなミズイが消えた何もない路地の闇を見つめるタカトとビン子。

「なんだったんだ、あのばばぁ」

「さぁ?」

「しかし、俺を貰うってなんだよ。大体、俺はしおれた垂れ乳なんかに用はないんだよ!」

 タカトは目にたまった涙を拭きながら、あえて大声で笑っていた。

 それはもしかして、ただの負け惜しみ?


 澄み切った青空からどこからともなくミズイの声が響く。

「ワシの乳は垂れとらんわ! このボケェ!」


 びっくりして空を仰ぐ二人であった。

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