第76話 鑑定の神はおばあちゃん?(11)

 そう、タカトの精神の深い深い奥底から何か赤黒いものがはいだそうとしていたのである……

 おそらく多重スキルの原因はその存在……

 だが、それは神と呼ぶにはまがまがしい……

 恨み……憤り……憎しみ……ありとあらゆる負の感情が渦巻いていたのである……

 ――あれは……まさしく荒神……

 そう、荒神とは、生気が枯渇した神の成れの果て。

 だが、なぜそんなものが、タカトの奥底に眠っているというのだ。


 ミズイは恐る恐るタカトを見た。

 ――こいつは、その存在に気づいておるのか?


「ねぇねぇ、神様ぁ~ 俺が持ってるスキルって何? 教えて。お願~い」

 だが目の前のタカトは自分がスキルを持っていることに気をよくしたのか、猫のようにミズイにすり寄ろうとしていた。

 冗談と思っていた『きやぁー!タカト様!』が、現実味を帯びてきたのだ。

 もし、有用な上位スキルでもあれば、その声が2つ3つ、いや、それ以上出てきて、それはもう、夢のようなハーレム状態になりえるのである。

 実際にミズイが授ける鑑定スキルなどは、日常生活では大変重宝がられるスキルである。

 「きゃぁータカト様」は無いにしても、権蔵の道具屋と掛け持ちでもすれば、あっという間に大金持ちになることは間違いなしなのだ。


 そんなタカトの様子を見たミズイ。

 ――こいつ……何も気づいておらんのか……

 ならば、この少年に荒神の事を伝えるべきか……

 いや、たとえ伝えたとしても今のミズイ自身、あのまがまがしい荒神をどうこうできるとは到底思えなかった。

 ならば、そのまま放っておくか……だがそれは、いつかこの少年があの赤黒い荒神に飲み込まれて消えることを意味している。

 ――……コイツが消えれば、ワシはまた一人じゃ……

 ミズイは、妹のアリューシャやマリアナたちを見失って以来ずっと一人で聖人世界をさまよい歩いていたのだった。

 もう……一人は嫌じゃ……

 だから…… 


 そんなミズイは本心を隠すかのように、わざとあからさまに不機嫌な顔をした。

「なんかむかつくのぉ。しかし、この前の礼じゃ。一つだけ教えてやろう」


 タカトは目をキラキラさせながらミズイの手をとり、くぼんだ金色の目をじーっと見つめた。

 すると、くすんだ老婆の頬にポッと紅がさしたよな気がした。

「お前のスキルの一つは『万死一生』じゃ」


 それを聞いたヨークが突然、大笑いをはじめた。

「ははははっは! 少年よ喜べ! 万死一生スキル! 九死一生スキルの上位スキルじゃないか!」


「えっ。俺って、すごいの⁉」

 照れるタカト。

 ――よしゃぁぁ! キタぁぁ!

 上位スキル! なんて素敵な響きなんだろう。

 もう、上位と聞くだけで、なんかとてもすごいスキルのような気がしてくる。

 どうやら「上位スキル」という響きが、タカトの心のなかでガッツポーズを取らせていたようだった。


 だが、ヨークは笑いながら続けるのだ。

「だが、日常生活では全く役に立たん!」


「へっ……」

 キョトンとするタカト。

 ポキッ

 タカトの心を支えていた数ある柱の一本がへし折れたような感じがした。

 しかし、まだ、一本だ。

 大丈夫。

 そう、日常生活で使えなくても、戦闘で使えるスキルかもしれないじゃないか。

 それならば、アイテム集めに世界を駆け巡ることだって夢じゃない。

 アイテムハンタータカト!

 いい響きだ! これならモテる! 絶対モテる!


 そんなタカトをよそにヨークはケラケラと笑っている。

「万死、すなわち、 助かる望みのない危険な状態に陥ってもかろうじて助かるというものだ。そもそも、万死の状態などにはそうそうお目にかからん」


「……」

 ポキッ……また、心を支えていた柱が折れたような気がした。

 いや……まだ大丈夫。

 考えようによっては、いいスキルじゃないか。

 不死だぞ! 不死!

 どんな状況になっても生き延びることができる、鬼のようなスキル。

 そう、まさに不死鳥!

 フェニックスタカト!

 我が翼は何人にも折ることはできぬ!


 もう、大笑いしているヨークは腹を抱えだしていた。

 そんなに面白いというのだろうか。

「しかも、かろうじて命が助かるというものであって、元の五体満足で助かるとは限らんしなwww」


 固まるタカト。

「何それ……」

 ポキッ! ポキッ! ポキッ!

 ……まだ、大丈夫……だと思う。

 そう……大丈夫だ。

 イイじゃないか。どんな状態になったとしても命だけは助かるんだから。

 これこそまさにラッキー

 ラッキーボーイタカト!

 俺の頭上には幸運の星が輝いているぜ!


「そもそも、万死の状態に陥っている時点でかなりかなり不幸だしな。生き残ったとしてもマイナス100だったものがマイナス1ぐらいになるようなモノだ。まぁ、少年、お前はきっと長生きするよwww」

 ヨークは笑いすぎて涙を流していた。


 ポキッ! ポキッ! ポキ!ポキ!ポキ!ポキ!ポキ!ポキ!

 タカトの心を支えていた柱は、全てあっけなく折れ去ってしまった。

 もしかして……ラッキーではなくてアンラッキー?

 アンラッキーを招いた上に、かろうじて助かる?

 何それ? マゾなの? なんかのプレイなの?

 そんな人生、何が楽しいていうのよ! 一体!

 この瞬間、タカトのハーレムの夢が見事に打ち砕かれたのであった。

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