第61話 第六の騎士の門(9)

「一緒に召し上がりませんか」

 ビン子は皿を権蔵の前に差し出した。

 しかし、権蔵は躊躇した。

 神から施しを受ける……それが、自分がお供えしたものであったとしても、神にささげたものを自分が受け取る。そのような罰当たりな事を、権蔵は想定だにしていなかったのだ。

 権蔵の目は皿にくぎ付けになり、その手を動かすことが全くできなかった。


「俺、これもらい!」

 だが、タカトは横からビン子が差し出す皿にのった干し肉を真っ先につかみとった。


 干し肉を食いちぎるタカトを見つめるビン子の目は涙一杯たたえていたものの、どこか嬉しそう。

 そっと机の上に皿を置く。

 そして、その両手で皿の上の芋を優しく包み上げると、権蔵へと差し出したのだ。


 権蔵は震える手を、恐る恐る前に出す。

 なんと恐れ多いことだろう。

 そんな権蔵はビン子の手になかなか触れることができないでいた。


「それいらないなら、俺、もらい!」

 干し肉を口に無理やり押し込んだタカトは、ビン子の手にある芋を横取りしようと再び手を伸ばした。


「このどアホ! それはワシのじゃ!」

 ビシッ!

 権蔵はタカトの手を荒々しく払いのける。

「いてっ!」

 タカトは、はたかれた手を引っ込めると、大げさに手を振っていた。


 権蔵は、そんなタカトには目もくれず、改めて、ビン子の手から芋を優しく、そっと両手で受け取った。

 権蔵は神の慈悲をすくい取るかのように両手を重ね合わせていた。

 その上にのる芋をじーっと見つめる。

 ただ、何も言わず、静かに見つめ続けていた。

 そして、権蔵の左右の手が何かを決めたかのように、そっと閉じると芋を包みこんでいく。

 ふと顔を上げた権蔵に優しい笑みが戻っていた。

「これからは、家族一緒に、みんなで食べるかのぉ」

 権蔵は、はにかみながら半分に割った芋をビン子へと差し出した

「ハイ!」

 芋を受け取るビン子の顔にも満面の笑みが広がっていた。


 第六の門前広場で、昔の思い出に浸っていたビン子。

 ――私はもう一人じゃない……

 いつしか、空を見上げる目に涙が溜まっていた。

 ――もう私の心は空っぽじゃない……だって、家族がいるんだもん……


 しかし、そのビン子の感傷に浸った時間はけたたましいタカトの声によってかき消されてしまった。

「ビン子、ビン子、巨乳、巨乳、スゲー巨乳がいたぁぁぁぁぁ!」

 

 宿舎の入り口からタカトが、すごい勢いで飛び出してきたのだ。

 そして、ビン子に駆け寄り、嬉しそうに報告するのである。

「めちゃくちゃ美人の巨乳! もう、まさに巨乳美人!」


 ――もう、せっかくのいい思い出が台無し……

 白い目で見下すビン子。

「あっ、そう、よかったわね!」


「スゲーよ。あの巨乳」

 自分の胸の前で大きなボールをニギニギするかのように両手を動かすタカト。


 ビン子はそんなタカトとは、もう目も合わせようとしない。

 荷馬車のうえで頬杖をつきながら一言。

「ところでどこに運ぶのよ」


 タカトのニギニギする手がピタリと止まる。

「へっ?」


 黙って宿舎を指さすビン子。


「もう一度行ってきまーす」

 タカトは、慌てて宿舎にかけ戻っていった。


 それと同じくして、宿舎の入り口から一人の女性が駆け出してきた。

 長い金髪を携えたスラッとしたその女性は、優しい笑顔でタカトを懸命に手招きしている。

 どうやら、搬入先を確認せずに飛び出したタカトを、わざわざ呼びに来たようだった。

 もしかしてこの女性、騎士なのだろうか?

 女性の前にいた守備兵達がすかさず脇に控えて、道を開ける。

 貧乏なタカトは、一般国民とはいえ、どちらかというと奴隷の様に近いと言える。

 小汚くオタク丸出しのタカトごときに、そのような騎士が、気さくに声などかけるであろうか?

 いや、普通は、ありえない。

 だがしかし、ここ第6の門の騎士エメラルダは違っていた。

 彼女は、威張ることもなく、侮蔑することもなく、ただただ一人の人間としてタカトに接していた。それが例え奴隷の者であったとしてもおそらく変わらないことだろう。


「ちっ! 本当にできた巨乳ね!」

 エメラルダを見るビン子は、悔しそうに爪を噛んでいた。

「あれは間違いなく敵よ! 敵! 巨乳はみんな全て敵なのよ!」

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