第41話 緑髪の公女(1)
タカトたちがいた川沿いの土手から遠く離れた神民街。
その真ん中を通る美しい並木通りを抜けた先には、大理石で作られた豪華な門が立っていた。
その門をくぐると、どこからともなく、はつらつとした女の子たちの掛け声が聞こえてきたではないか。
♪がんばってぇ~いきまっしょい! しょい! しょい! しょい!
その声は、大きな運動場をランニングする女の子たちのもの。
体育着の女子生徒たちが大きな胸を揺らしながら懸命に走っていた。
そんな運動場の奥には、緑の木々に囲まれた白い校舎が立っている。
たとえて言うなら、この雰囲気、超金持ち用の進学校といったところだろう。
そのせいか歩く生徒たちの顔は、どの子も落ち着きがあって、妙にりりしい。
そう、ここは神民たちが通う神民学校なのである。
校舎を取り囲む木々の間に爽やかな風が吹き抜けていく。
そんな風に吹かれた一枚の木の葉が、開け放たれた2階の窓へとひらひらと舞い落ちていった。
木の葉が舞い込んだ教室では、一人の大柄な男が黒板に向かって何やらぶつぶつとつぶやいている。
その顔のつまらなさそうなことといったら、この上ない。
もしかして、この筋肉マッチョの大柄な男は教師なのだろうか。
だがその大柄な男の姿は、おおよそ教師とは思えなかった。
なぜなら、その教師の上半身は裸にタンクトップだけなのだ。
いや、タンクトップだけなら、まだ体育教師と言う可能性も残っているか。
しかし、彼の胸には『
さすがに子供たちの前でこれはいただけない。
PTAからクレームが来るわ!
だが、この『尻魂』タンクトップはそんなことを気にすることもなく淡々と講義を続けていた。
やる気を全く感じられないタンクトップの声は抑揚もなく単調で、昼食前だというのに眠気を誘う。
もはや黒板をたたくチョークの乾いた音だけが唯一のアクセントであるかのように、静かな教室に響いていた。
一方、タンクトップの背後で段々に座っている数多くの男女は、思い思いにその声を書き写している。
さすがは神民学校中等部の制服を身にまとう生徒たちである。つまらぬ講義でも真剣に耳を傾けているのだ。
まぁ、この学校の生徒たちは将来は魔装騎兵になったり、内政に携わるような子供たちばかりである。
真面目といえば真面目で当然。
しかし、窓際に座る一人の女子生徒はノートをとるわけでもなくぼーっと窓の外を眺めていた。
この少女、名をアルテラ=スモールウッド。
融合国の宰相であり、かつ第一の門の騎士であるアルダイン=スモールウッドの娘であった。
開け放たれた窓の外を見るアルテラは、木の枝に止まる小鳥たちの楽しそうな会話に耳を傾けていた。
窓越しに見える透き通った青空が、時折、彼女の長い髪を優しくなでていく。
しかし、突然、激しい風が木々の間を吹きぬけた。
ライトグリーンの髪が風と共に激しく踊る。
乱れる髪を押さえるアルテラは、一瞬、窓から目をそらした。
舞い上がった髪が、美しい緑色の光を散らしながら落ちてくる。
アルテラの長いまつげが再び窓の外を見つめた頃には、先ほどまでお喋りをしていた小鳥たちは、すでに広い大空へと飛び去った後だった。
もう、誰もいなくなった緑の向こう側からは、運動場を走る女子生徒たちの掛け声がかすかに響いていた。
――また……一人ぼっち……
そんなアルテラは、雪のように舞い落ちてくる色とりどりの葉っぱを見ながら、大きくため息をついた。
――退屈……
アルテラの耳につまらない日常が、また戻ってきた。
だが、そんなつまらない日常は突然、終わりを告げたのだ!
ガシャン!
突然、教室の前にある引き戸が大きな音ともにはじけ飛んだではないか。
さんから外れた引き戸がゆっくりと倒れこんでいく。
それと同時に、何かが教室の中に飛び込んできた。
「リモコン下駄ぁぁぁ!」
それはまさしく一本歯下駄!
一本歯下駄が教壇に立つタンクトップ教師めがけて一直線に飛んでいく!
だが、そんな一本歯下駄が、タンクトップのこめかみを直前にしてピタリと止まった。
そう、タンクトップの二本のごつい指が、下駄の一本歯をしっかりと挟みこんでいたのである。
――フッ! まだまだ若いな……
タンクトップは軽く鼻で笑うとともにその下駄をポイと投げ捨て、何事もなかったかのように講義をつづけた。
カポン!
いてっ!
そんなタンクトップのこめかみに一本歯下駄がヒットした。
どうやら下駄は二つあったようである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます