第35話 いってきま~す(4)

 荷馬車が土手の上に伸びる真っすぐな道をよっこらよっこらと揺れながら進む。

 タカトたちの上に広がる透き通るような青い空を、白い雲がゆっくりと流れていた。

 そんな雲が時おり荷馬車に追いついては追い越してゆく。

 おそらく花の蜜を探しているのだろう。先ほどから色鮮やかな蝶たちが、何度も忙しそうにタカトたちとすれ違う。そんなのんびりとした時間。

 揺れる馬のしっぽに併せるかのように、荷馬車の御者台に座る二人もゆっくりと一緒に揺れていた。


 ビン子にとって、荷馬車の御者台はタカトとの距離が一番縮まるうれしい時間でもあったのだ。

 ――もう少し、詰めてみようかしら……

 タカトとの間には握りこぶし一個分ぐらいの隙間が空いていた。

 いっそうの事、もっと近づき、ピタリとくっついてみるのはどうだろう。

 だが、タカトの事だ、いきなりくっつけば「暑苦しい! 引っ付くなよ!」などと言って、さらに距離を取りかねない。

 ――うーん、何かいい方法はないかしら?

 そうこう思案をしているビン子の耳に、どこからともなく歌のハーモニーが聞こえてきた。

 どうやらそれは川側の土手の下から聞こえてくるようだった。


 膝を抱えて震える心

 そんな私を照らしてくれた


「おっ! これはアイナちゃんのデビュー曲!」

 その歌声を聞くや否やすぐさまアイナちゃんの歌詞であることに気づいたタカト。

 やはりアイナちゃんオタクと胸をはるだけのことはある。


 小さな小さなマッチの炎

 触りたいけど触れない

 近くて遠い貴方の温もり


 土手の下では、二人組の小さな幼女が互いの右手を目の前で併せ、ゆっくりと回っていた。


「ちょっと、タカト! ストップ! ストップ!」

 そのビン子の声に、荷馬車は川にかかる大きな橋の手前で動きを止めた。

 そんな橋の欄干では、こしかけた老人がその下で歌う幼女たちをモデルにしながら一枚の絵をかいている。


 どうやらビン子もまた、その老人同様に幼女たちの歌声に興味を抱いたようである。

 というのも、ビン子もまた歌が大好きなのだ。

 ビン子は御者台の上で立ち上がると、乗り出すように見入っていた。


 そんな様子を見ながら横に座るタカトは偉そうな態度でうなずくのだ。

 それはまるで、酒を飲むと講釈をたれだす迷惑なとっつぁんの様。

「ウンウン! 確かにあの二人、かなりうまいよ!」

 そのダミ声の態度、マジでムカつく!


「だがしかし! やっぱ、本家のアイナちゃんに比べるとまだまだだな!」

 このようにいつもアイナ事ばかりをほめるタカトに、ビン子は別の意味でムカついていたのだ。

 まぁ、確かにアイナが巨乳であることも許せないのだが、歌だけであれば自分の方が格段にうまいと思っていたのである。


 あなたの頬に触れたいけれど

 だけど……だけど……届かない……


 歌う二人の幼女の場所が入れ替わると、川の流れに沿うようにゆるやかに離れていった。

 だが、いきなりクルリと万華鏡の世界が変わるかのように面前の川向こうを右手でつかみとると、その手が飛鳥の如く天を指す。

 そう、いきなり曲調が変わったのだ。

 切れのある動きでテンポよく交わる二人の体。


 そんな幼女たちを見るビン子が先ほどから全く動かない。

 もしかすると今ならスカートをめくっても気づかれないのではないだろうか?

 一瞬、タカトはそんなことを思いもした。

 だが、耳元でささやく悪魔の誘惑を腰に携えたコンバットマグナムをちらつかせて牽制する。

 ――俺のマグナムが火を噴くぜ!

 そう、これではコンサート会場で熱中するフジコちゃんにおさわりしようとする変態兄ちゃん三世さんせいとおなじなのである。

 ――ふん! そんなちんけな犯罪者野郎とは次元が違うのだよ! 次元が!

 おおい! 言っとくけど、お前と天才泥棒様となんか全然、比べ物にならないからね!

 一体何様のつもりやねん!

 ――俺か? 俺はアフォ! A.F.Oオール フォー ワン! この世の究極悪にしてエロエロ大王になる男!

 わけわからん!

 というか、相手は次〇大介ではなくて、ビン子だぞ……

 フジコちゃん同様、触った瞬間にハリセンでシバかれるのが目に見えている。

 ―― ふっ! 俺は女のこと以外では後悔しない。

 いやいや、君は後悔しかない恥ずかしい人生だから!

 さすがにそれはマズくない?

 というか、つまらない……

 一人で怪盗ごっこをしてもまったく面白くない……

 五右衛門がいないから? いやビン子が相手にしてくれないのだ。

 先ほどから蚊帳の外のタカトは動かぬビン子を横目に呟いた。

「あいつらに石でも投げつけようか?」


 はぁ?

 いきなり出てきた言葉が石を投げつける? 全くもって意味が分からない。

 ビン子はキッと厳しい表情で振り返ると、タカトを思いっきり睨み付けていた。


「何でそんなことしないといけないのよ! いいところなんだから、だまって聞いてなさいよ!」

 凄い剣幕で声を荒らげる。


 だが、タカトはキョトンと、まるで「何言ってんの」と言わんばかりに真顔で答えた。

 ここで腰のコンバットマグナムを幼女の顔に向けて発射するわけにはいかなだろう!

 と言うか、君の持っているのは小さな銀玉いや金玉水鉄砲ですけどね。

「だって、お前より歌が上手になったら嫌だろう」


 はぁ……

 小さくため息をつくビン子。

「いつも思うんだけど、タカトって、変なところで心が小さいよね……そんなのだから女の子にもてないんだよ」


 それを聞くタカトは突然に大笑い。

「ビン子、馬鹿だなぁ! 俺はもてたいのではない! はべらせたいのだ!」

 これみようがしに自信満々に胸を張る。


 その様子を見るビン子から大きなため息が漏れると、右手で頭を抱えていた。

 ――ダメだこりゃ……


 次、行ってみよぉ~

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