第34話 いってきま~す(3)
そんなクロトの名前を聞いて興奮が冷めないようすのタカト君。
「しかも、クロト様って、あの『テン5』の生みの親だろ⁉」
そう、同じ融合加工職人として、クロトは憧れのまと。いや、昇りつめるべき頂点の目標でもあったのだ。
そんな道具作りに情熱を燃やすタカトを見つめる権蔵は嬉しそうにうなずいた。
「そうじゃな」
テン5とは、2.5世代の略。魔物の感覚器と人間を融合させた第三世代の安全性に異を唱えたクロトが独自に開発した技術路線なのである。
現在主力である第五世代の黒の魔装騎兵は、肉体に埋め込まれた魔物組織を持って肉体変化を生じさせるものである。
これに対して、テン5は第一世代や第二世代の技術によって融合加工された装甲を体に装着するだけの簡易なものであった。
そのため、テン5は黒の魔装騎兵と対比して、白の魔装騎兵と呼ばれることが多かった。
しかし、やはり肉体が直接強化される第5世代に比べると能力は格段に落ちる。
だが、長所も無いわけではない、外部パーツを使うことによって状況変化に応じた装備の交換や、技術革新によるバージョンアップが可能となったのだ。
そして、なによりも一番の強みは第五世代のように魔血切れによって人魔症を発症する危険が全くなかったのである。
そう、魔血切れを起こした融合加工の道具は、ただ単にその能力を発現しなくなるだけなのだ。
分かりやすく言うならば、先ほどのタコ焼きプレートが12個焼きの元のプレートに戻るだけのことなのである。
だが、いまさらながら自分にコンテストの参加資格がないことに気付いたタカトはガクッと肩を落とした。
「しかし、マジかよ……じいちゃんって、クロト様と知り合いだったとはな……」
「まぁ、大昔、出場した道具コンテストでしのぎを削っているうちに、仲良くなっての。クロト様から、いろいろと教えてもらったのじゃ」
「いいなぁ……じいちゃんだけ、ずるいなぁ……」
「もう、大昔のことじゃて」
って……クロト様って18歳ぐらいだったはずだよね?
大昔っていつの事ヨ? もしかして、赤ちゃん?
権蔵じいちゃんは、赤ちゃんから教えてもらったていうのだろうか。
いや違うのだ。クロトは騎士である。そして騎士は不老不死なのだ。
権蔵が年を重ねても、クロトは永遠に18のままなのである。
タカトは、うらやましそうに頭の後ろで手を組んだ。
「俺も、いつか必ず道具コンテストで優勝して、融合加工院に行くんだ!」
「融合加工院に行ってどうするんじゃ?」
「そしたらさぁ、爺ちゃんの知らない技術も学べるだろ! そうすれば、この道具屋にも、お客、わんさか来るじゃん!」
その言葉に、目頭を熱くする権蔵。
「お前……そこまで考えていたとは……」
何か胸の奥から熱いものが込み上げてくる。
――アホじゃアホじゃと思っていたのに、いつの間にか立派な男になったもんじゃ。
権蔵は今ほど道具屋をやっていてよかったと思ったことはなかった。
――こんな立派な後継者に恵まれて、ワシは本当に幸せ者じゃ……
権蔵はあふれ出しそうな涙を隠すかのように目頭をギュッと押さえた。
そんなタカトが笑いながら続ける。
「お客さんがわんさか来るってことは、綺麗なお姉ちゃんたちも来るってことだろ。そしたら、そのお姉ちゃんに超有名道具屋が作るダイエット薬ってことで、『妖精の蜜』で作った薬なんぞを飲ませたら、これで簡単ハーレムのできあがりや!」
そう、妖精の蜜とは妖精たちが集める生気が濃縮された蜜の事で、それを人間が飲むとたちまち発情し、超強力な惚れ薬になるのである。
それをダイエット薬として飲ませるって……どこのエロ漫、おっと、ムフフな本やねん!
「これこそ俺の求めるオール フォー ワン! 真のアフォや! エヘヘヘ」
すでに妄想に浸っているタカトの顔はだらしなくにやけ、よだれがボトボトと垂れていた。
…………
……
そんなタカトを白い目で見つめる権蔵。
先ほどまで込み上げてきていた感動の涙が、あっという間に干からびていた。
自分の後継者が育ったと喜んでいたのにエロエロ大王が育っていたとは……
権蔵の心はすでに空っぽ。虚無という脱力感に包まれていたのであった。
――コイツに期待するのがアホじゃった……
だが、こんなやり取りはいつもの事。
我かんせずのビン子は慣れた様子で眼色改変コンタクトを両目につける。
すると、とたんにビン子の目が金色から黒色に変わったではないか。
それを確認した権蔵は言う。
「ビン子。くれぐれもそれを外すなよ。神とバレたら神の恩恵を求める人々が集まって来るからな」
ビン子は神であることは間違いなかった。
しかし、タカトと共に権蔵の家に来る前の記憶がないのだ。
自分の本当の名前も、また、どのような神の恩恵を持っているのかさえも覚えていなかったのである。
ビン子がそんな神だと分かれれば、恩恵を求めて押し寄せる人々は落胆のあまりひどい事を言い出すかもしれないのだ。
いや、ひどい事を言うだけで終わればいい……
最悪、それは暴力へとつながりビン子の心と体を傷つけていくことだろう。
そして、死にかけた神は、荒神爆発という大爆発を起こしてこの世から消えてしまうのだ。
「大丈夫だよ。じいちゃん! だって、こいつの場合、貧乏神だから」
コイツは、これがそんな次元の話じゃないと分からないのだろうか?
タカトはビン子を見ながら大笑いをしていた。
「いてっ!」
そんなタカトのほっぺを、ふくれたビン子が引っ張った。
だが、タカトも負けてはいない。
ほっぺをつまむビン子の手を振り払うと、いきなりのアッカンベー!
ふん! とそっぽを向くビン子。
負けじとタカトもそっぽを向いた。
だだ、二人は分かっていた。互いの気持ちを……
タカトは、記憶を失ったビン子に辛い過去を思い出させないように、わざとチャラけてみせたのだ。そして、そんなビン子もまた、タカトの気づかいに感謝しながら前を向くのである。
「そろそろ出発しろ。こんなことしとったら日が暮れてしまうぞ!」
権蔵のあきれた声にタカトは手綱をさっと引っ張り、緩ませた。
老馬とは思えないしっかりした踏み込みで、ゆっくりと荷車が動き始める。
そんな荷馬車に権蔵は歩調をピタリと合わせた。
「最近はエウア教という異端宗教が、ノラ神狩りをしているという噂じゃからな、ビン子も気を付けるんじゃぞ」
と言いながら権蔵はタカトとビン子を送りだしていく。
融合の国においては、
その他の神は、融合の神の存在の元に信仰されうるものなのだ。
しかし、エウア教は、融合の神のスザクそのものを否定し、エウアという女神のみを唯一絶対神として信仰していたのであった。
当然に、融合の神を敵視するエウア教は、融合国にとって国賊であり排除対象になっていた。
だが、治安を預かる守備兵たちが躍起になってその信者たちを摘発しても、いまだにこのエウア教の全容はつかめずにいたのである。
あぜ道に右や左にと揺さぶられながら荷馬車が徐々に徐々にと離れれていく。
それを見送っていた権蔵は大きな声で叫んだ。
「あと、分かっているじゃろうが、決して門外には出るなよ!」
「分かってるってw」
振り返ることもなく後ろ手に手を振るタカト。
――あいつ、本当に分かっとンのかのぉ……まぁ、ビン子がおるから大丈夫じゃろ……
その様子を心配そうに見送る権蔵であった。
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