第31話 黒の魔装騎兵と赤の魔装騎兵(15)

 そんな檻の前でセレスティーノが仁王立ちをしていた。

 ――これで心配事は片付いた。

 このままピンクのオッサンが人魔収容所に連れていかれれば、先ほど感じていたセレスティーノの不安が完全に解消するのである。

 と言うのも、いまだかつて人魔収容所から生きて出てきたものはいないのだ。

 収容所の中で何が行われているのか、セレスティーノは全く知らない。

 知らないが、おそらく、このオッサンが無事に出てくることは叶うまい。


 だが、セレスティーノには、オッサンとは別の懸案事項が残っていたのだ。

 学生服から伸びる首筋に女の手がまとわりついていた。

 線香臭い肌がセレスティーノの耳に近づくと、少々、干からびたような酸っぱい息を吹きかけた。

 ぎくっ!

 瞬間、固まるセレスティーノ。

 そう、年増の奴隷女お登勢さんが、セレスティーノの体に背後霊のようにまとわりついていたのだった。


 ピンクのオッサンから逃げるためとはいえ、先ほど、お登勢さんを食事に誘ってしまったのだ。

 「あ……あれは、ちょっとした……間違いで……」

 と、訂正しようとしたセレスティーノを遮って、お登勢さんは町中に吠えるのだ。

「今日は、私がセレスティーノの旦那と朝までトリプルルッツルツルだからね邪魔すんじゃないよ!」

 それを聞く女たちは、まるでオオカミにおびえる兎かのように二歩も三歩も後ろに下がった。

 おそらく、お登勢さん、この街ではかなり顔が利くのだろう。

 いや、もしかしたらセレスティーノのババ好きの趣味にドン引きしただけなのかもしれない。

 いやいや、朝までトリプルルッツルツルで毛を抜かれるのはお登勢さんではなくて、セレスティーノなのだ。そんなセレスティーノを憐れむも、巻き込まれたくない一心で後ろに下がったのである。

 

 勝ち誇るお登勢さんは、セレスティーノの耳元でささやく。

 だが、それはささやくにしては少々大きかった。

 まるで、ピンクのオッサンにわざと聞かせるかのようである。

「ねぇセレスティーノの旦那って、撫子なでしこのようにおとなしい女性が好みなんだって、まるで私のようじゃないか」

 ――誰が撫子やねん! お前は撫子ではなくて彼岸花! いや彼岸花のドライフラワーや!

 引きつる笑顔を浮かべるセレスティーノ。

 だが、そんなことは口が裂けても言えない。

 ということで、セレスティーノは、ぎこちなくうなずいた。

「そ……そうだね……ハニー……ボキは、おとなしい女性が大好きです……」


 がびーん!

 ピンクのオッサンはムンクになった。

 ――ハ・ハニーですって……

 というか、ゼレズディーノさまは、おとなしい女性が大好きとな!

 はっと気づくと檻からさっと手を放し、その隙間からわざとらしく弱々しそうに手を出した。

「イヤァ♪ ゼレスディーノさまぁ。助けてぇ♪」

 それを見るセレスティーノは、口だけで乾いた笑い声を出していた。

 ――は・は・は……今日はなんて日なんだ……

 今の状況はまさに前門の虎、後門の狼、いや、前門のオッサン、後門のオバはん!

 二兎追うものは一兎も得ず! いや、二鬼も追ったら、生きて帰れん……

 ならばここは確実に一鬼ずつ仕留めていくまで

 ……それまでは我慢だ! 我慢! ザ・ガマン!


「イヤァ!! 誰か助けて」

 進み始めた檻の中から顔を出す住人達。

 檻の隙間に押し付けられた女は、悲痛な面持ちで懸命に手をのばす。

 だがしかし、街の住人たちは誰一人として手を差し伸べるものはいなかった。

 ただただ、その様子を震えながら見送るだけであったのだ。


 そんな閉じ込められた人々の怨嗟えんさの悲鳴を楽しむかのように、赤の魔装騎兵の赤色の目から薄ら笑いがもれていた。

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