第23話 黒の魔装騎兵と赤の魔装騎兵(7)

 鶏蜘蛛に噛みつかれ倒れていた住人たちが、一人また一人と立ち上がってきた。

 もしかして、やっと意識が戻ったのだろうか?


 うがぁぁぁぁぁぁぁ!


 と、起き上がるや否や、近くの住人に噛みついた。

 あれ、なんかこの光景、どこぞで見たことがあるような……

 そうそう、ゾンビ映画でよく見るシチュエーション!

 ゾンビに襲われたものはゾンビになるって言うやつね!


 ということで、襲われた人もめでたく!

 

 うがぁぁぁぁぁぁぁ!


 と相成りました。

 って、なんのこっちゃねん!


 と思われた方も多いのではないだろうか。

 ということで、この状況を少しわかりやすく説明しよう!


 聖人世界の生き物に生気があるように、魔人世界の生き物にも魔の生気が存在するのだ。

 しかし、この二つの生気は全く相容れない、それどころか、魔の生気は聖人世界の生気を貪食するのである。

 すなわち、魔物に噛みつかれたり、その血液である魔血を浴びたりしたも者は、体内に魔の生気を取り込んでしまい、人魔じんまという緑色の目をした魔物崩れになり果てるのである。そう、それはまるでゾンビ!

 このように体内に魔の生気を取り込んだ症状を人魔症と呼び、聖人世界ではとりわけ厳しく検査されるのである

 というのも人魔症の内、90%は人魔となる。

 人魔となったものは生気を渇望し、次から次へと人を襲いだすのだ。

 そして、人魔に襲われたものもまた人魔となっていく。

 このように、人魔は次から次へと人魔を呼ぶのだ。それはもうまるでゴキブリ。

 もし人魔を一匹でも見逃せば、あっという間に広がって、聖人世界は人魔だらけになってしまうことだろう。

 そのため、ゴキブリ同様、人魔は見つけ次第速やかに殺処分されるのだ。

 そして、人魔症を発症したものはもれなく人魔収容所じんましゅうようじょに隔離されるのであるが、この収容所から帰ってきたものはまだ一人もいなかった。


 そんな人魔の群れを盾で押さえつける守備兵たちが、その隙間から伸びる手を避けながら悲痛な叫び声をあげていた。

「セレスティーノさま! 格好をつけている場合ではございませんヨ! 今回は思った以上に魔の生気のまわりが早いようです!」


 その様子を興味なさそうな目で見るセレスティーノ。

 というのも、現時点で人魔たちは、守備兵の男どもを襲っているのだ。

 男が何人死のうが構わない。

 要は、女が死ななければいいのである。

 特にあの90点の女さえ。

 ということで、自分がわざわざ人魔たちを相手にすることもなかろうと判断したセレスティーノは守備兵たちに命令した。

「人魔どもはお前たちに任せた。私は、このレディたちをお守りする」


 こんな時にこの男は……

「セレスティーノ様ぁ……」

 ため息をつく守備兵たち。

「セレスティーノ様ぁ♥」

 黄色い悲鳴を上げる女たち。

「ゼレスディーノ様ぁ♥」

 茶色い奇声も遅れずに上がる。

 ――テメェじゃねぇよ!

 セレスティーノは、心の中で握った拳ごと体を大きく後ろにひねっていた。

 ――あぁ……もう限界! 殴りたい! ヤツの顔面を殴りたい! でもまだ、大丈夫!

 なぜなら俺はやる子、やれる子、やっちゃう子!

 そう、今晩はやっちゃウゥゥゥんだぁァァァァ! あの女の子と!


 別の守備兵たちが、押し寄せる人魔の群れから遠ざけるかのように、集まる女たちを下がらせようと押しだした。

「ハイハイ! 下がって! 下がって!」


 だが、そんな女たちは口々に騒ぎ出す。

「邪魔しないでよ! このブサイク!」


 がビーン! ブサイクとな……さすがに、それは人として言ってはイカンでしょ……

 デ・デ・デ・デ・デ・デ!

 涙目の守備兵たちのステータスが大幅に減少した。

 デ・デ・デ・デ・デ・デ!

 守備兵たちの心にトラウマと言う呪いがかけられた。

 デ・デ・デ・デ・デ・デ!

 守備兵たちの目から涙がこぼれた。

 ワーン! ワン!

 ――なんでこんな奴、守らにゃならんの……俺ら……

 

 ピンクのオッサンも守備兵の肩を強く押しだす。

「どきなざいよ! ブザイク! 私のゼレスディーノざまが見えないでじょ!」


 カチーン! このブサイク! お前だけには言われたないわ! いっぺん鏡見て出直して来い!

 テレレレッテッテー

 怒りに燃える守備兵たちのステータスが大幅に増加した。

 テレレレッテッテー

 守備兵たちの心のトラウマがシマウマにレベルアップした。

 テレレレッテッテー

 守備兵たちの目がヒヒンといなないた。いな! 泣いた……

 ちなみにシマウマはヒヒンとは鳴かずに、犬のようにワンワンとなくのだ。

 ワハハハハ! 

 ――なんでこんな奴、守らにゃならんのwww 俺らwww


 ついにカマドウマにまでレベルアップした守備兵たちの心。

 そんな心の堪忍袋の緒がブチッと飛んだ。

「お前ら! そんなに人魔症になりたいのか!」

 そんな突然の剣幕に、女たちは便所の隅からいきなりカマドウマが飛んできたかのようにびっくりとしていた。

 って、カマドウマってね、すげぇ飛ぶのよ!

 夜、便所であれが飛んできた日には、マジでションベン漏らすぐらいにびっくりモンキー間違いなしだから!


 それを聞くセレスティーノは仕方なさそうに

「その美しい肌に薄汚い魔物どもの血がつかぬように、さぁ、どうぞ後ろにお下がりください」

 振り返ることなく背中ごしに女たちに優しく語りかけはじめた。

 というのも、この男、今、振りかえることができないのだ。

 もしかして、目の前にいる鶏蜘蛛が動かぬようにと睨みを利かしているからなのだろうか?

 イヤイヤ違うのだ、今夜行われるベッドの上のアイスダンス、90点の女とのアクロバティックハードプレー・トリプル・ルッツルツルを脳内で何度もシュミレーションをしている最中なのである。

 そのため、セレスティーノの弛みきった顔は、背後にいる女たちにはとても見せられなかったのである。


 セレスティーノがそんな顔をしているともつゆ知らず、女たちは、

「セレスティーノ様がおっしゃるのなら」

 と、顔を赤くしながらモジモジと急に素直になっていく。

 そして、なぜかピンクのオッサンも大きな肩を小さくまとめ、モジモジとしながら下がっていくではないか。


 そんな女たちを目の前に守備兵たちがため息をつく。

 ――……母さん……ブサイクは辛いです……

 そう、ブサイクにとって、この世は生きにくいのだ!

 そして、それはこの世界に限ったことではない……あれ? なんだか、キーボードを打つ画面が滲んできたぞ……おかしいな……

 でも、大丈夫……カマドウマには羽がないからコオロギのように鳴けない。

 そう、ブサイクは泣きたくても泣ことすら許されないのだ……

 ここで一句!

 女は心にカマドウマ! 男は黙って便所コウロギ!

 ちなみにカマドウマも便所コウロギも同じだからね❤ 差別じゃないよ♪

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る