第20話 黒の魔装騎兵と赤の魔装騎兵(4)

 ――あんな女の代わりなんてまた探せばいい!

 森の中を懸命に走るベッツ。

 ――何とか街まで!

 そう、森を抜けて街まで出れば守備隊が必ず駆けつけてくれるはずなのだ。

 そして、魔物の一匹ぐらい簡単に処分してくれる。

 ――だいたい、俺は神民なんだ。

 この世界において、騎士の特殊な力の源になる神民の命は、まず真っ先に優先されてしかるべきなのである。

 

 そんなベッツの横で一人の少年が悲鳴を上げた。

 そしてまた一人……

 また一人……

 その悲鳴は、ベッツに向かって確実に近づいてくる。

 ――ヤバイ! ヤバイ ヤバイ!


 ついに、ベッツを含めた何人かが明るい道へと飛び出した。

 よほどうれしかったのか、ともに駆けだした少女の目頭が光の中で輝いていた。

 しかし、少女は喜びの涙を残しながら倒れこんでいく。

 むき出しとなった背中の白いやわ肌が赤くただれて流れ落ち、中から白い別物べつものを浮うかび上がらせていた。

 どうやら逃走劇の終幕とともに、少女の人生の幕も降りたようである。

 いまや、うつ伏せに倒れる少女の下には赤い血だまりが広がっていた。


 そんな騒動に、道行く人たちが何事かと立ち止まってベッツたちを興味深げに見ていた。

 朝を迎えて閉店したはずの飲み屋や風俗店からも眠そうな目をこすりながら女たちが顔を覗かせる。

 道の真ん中で赤い花を咲かせて倒れている裸の少女は、野次馬たちの興味を誘うには十分であった。


 「ベッツさん……何があったんですかい?」

 街の大人たちは、仕方なさそうにベッツに声をかけた。

 あとでベッツのおやじに告げ口でもされたらたまったものではないのだ。

 涙を浮かべるベッツは叫び声をあげている。

 「魔物が出たんだよ! 魔物が! はひゃく守備隊を呼んでこいよ」

 だが、ぶるぶると震える声では何をいっているのかいまいちよく分からない。


 そんなベッツの横で同様に震えていた少年が突然、悲鳴を上げた。

「ベッツ! たすけてくれぇぇぇえ!」

 森の茂みから伸びた一本の白い糸が少年の足を巻き取っていたのだ。


 白い糸は、そんな少年を森の中へと引きずり込もうと一気に緊張する。

 叫び声をあげ激しく抵抗する少年。

 地面をつかもうとした指からは次々と爪が剥がれ落ち、道の上に数本の赤い線を伸ばしていった。

 ベッツは咄嗟に這いつくばってその少年の手をつかもうとする。

 だが、少年の体はとたんにその速度を上げたのだ。

 ついに茂みの中へと引きずり込まれた少年は、ひときわ大きな叫び声をあげると、急に静かになった。


 その様子を唖然と見ていた、いや、見ることしかできなかった街の住人達。

 だが、はっと我に返ると悲鳴を上げて我先にと逃げ出しはじめた。


 そんな少年が引きずり込まれた茂みがしだいに大きくゆれ始めた。

 腰が抜けたベッツは、もう後ずさることもできずに、ただただその茂みを凝視するだけ。


 「コケ・コーラー!」

 不気味な鳴き声が逃げ惑う人びとを、さらにキンキンに凍りつかせた。


 ごくっ! ごくっ! 夏はやっぱり! コケ・コーラー!


 そんなCMに出てきそうな細い足が揺れる茂みの中からゆっくりと伸びてきた。

 それは惚れ惚れするような白く美しいつま先。

 まるでファッションモデルがキャットウォーク上でポーズを決めるかのように、そんなつま先が道の上にちょこんと立てられたのだ。


 ゴクリ……

 見つめる瞳は、生唾を飲み込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る