俺はハーレムを、ビシっ!……道具屋にならせていただきます 一部一章 ~スカートめくりま扇と神様ヒロインのエロ修羅場!?編~

ぺんぺん草のすけ

第1話 プロローグ(1)

「逃げろ!」


 男の怒声が、闇に包まれた廊下を裂いた。

 障子の白が、庭に差し込む青白い月光を淡く揺らしている。


 ――バン!


 その刹那、白い障子が激しく開かれた。

 力任せに引かれた木枠が壁にぶつかり、跳ね返って敷居の溝から外れる。


 月明かりに照らされた部屋の中から、一人の女が飛び出してきた。

 両腕には、子どもを一人ずつ抱えている。

 眠たげに目をこするのは、五歳のタカトと姉のカエデ。

 先ほどまで眠っていたのだろう。状況が飲み込めず、ぼんやりとしていた。


 だが、女の瞳には恐怖の色が濃く浮かんでいた。

 彼女の名はナヅナ。タカトとカエデの母親だ。

 蒼白な顔は引きつり、小刻みに震えている。

 けれどその瞳孔は、大きく見開かれ、廊下の奥で時折閃く金属音を鋭くにらんでいた。


 廊下の奥、玄関へと続く先では、二人の男が刀を交えていた。

 一つは、おそらく夫・正行の足音。

 もう一つは――招かれざる者。


 足音と剣戟が混じり合い、廊下に激しい音を響かせる。

 それは一進一退の攻防を物語るように、まるでうねるように狂い踊っていた。


 ナヅナは我に返ると、庭へ向かって飛び降りた。

 だが、踏み石を踏み外し、子どもを抱えたまま大きく前に傾く。

 倒れそうになったその瞬間、ナヅナはとっさにカエデを腕の外へ押し出した。

 だが、一人が限界。


 残されたタカトを抱いたまま、彼女の体は白い玉砂利の庭に崩れ落ちた。


 ジャリッ――

 肌を擦る音が響く。


「うっ……!」


 激痛がナヅナの体を貫く。

 寝巻の胸元がはだけ、白く透き通るような肩が、血に染まっていた。

 それでも、ナヅナは震える膝に力を込める。


 震えて立ち尽くすカエデの手を、右手でしっかりと握る。

 一歩。もう一歩。

 ナヅナは、庭の奥へ向かって歩き始めた。


 だが、足はすぐに止まった。


 ――あの気配、廊下の奥にいたはずでは……


 絶望が、ナヅナの瞳を覆う。

 見上げた先――月明かりに照らされたその場所に、異形が立っていた。


 それは、獅子の顔を持つ魔人。

 左腕は肘の先から食いちぎられたように欠けており、右腕には鋭い爪が伸びている。


 魔人。

 この世界とは異なる“魔の国”からやってきた存在。

 彼らは――人を喰らう。


 目の前のナヅナなど、ただの肉塊にすぎなかった。


 飢えた緑の瞳が、ナヅナの全身を舐め回し、そして、ゆっくりとタカトの顔へと落ちていく。

 それに気づいたのだろう。

 タカトは、泣きじゃくっていたはずの目を固く閉じ、恐怖に身をすくめて震えていた。


 挿絵:https://kakuyomu.jp/users/penpenkusanosuke/news/822139836989605095


「やっぱり……嘘だったのね」


 ナヅナがぽつりとつぶやいた。

 まるで、自分が信じていた未来が崩れたかのように、力のない声だった。


 膝が崩れ、彼女はその場に落ちるように座り込む。

 だが、その横に立つカエデだけは、魔人の双眸を恐怖に染めながらも、じっと見据えていた。


 タカトは、目前に迫る魔人の手に、心臓が否応なく跳ねるのを感じていた。

 口元からこぼれる白い吐息。

 その息を、魔人の手がゆっくりとかき散らす――


 そして、魔人の爪が、タカトの顔へと迫ったその瞬間!


 ――シュッ!


 鋭い剣撃が横から滑り込み、魔人の腕を跳ね飛ばした。


「あなた! ご無事で……!」


 ナヅナの目から、涙があふれた。


 片腕を押さえる魔人の瞳が、怒りに染まる。


「この死にぞこないがあああああッ!」


 怒号が、夜の空気を震わせる。

 裂けた口の奥に見える真っ赤な舌が、不気味さを際立たせた。


「早く逃げろ!」


 正行が、家族を背にかばうように立ち、魔人を鋭くにらむ。

 その視線は一分の隙もなく、魔人の緑の目に突き刺さった。


 体格では劣る正行。

 だが、厚い胸板が語る鍛錬の証は、本物だった。

 脇腹からは血が滴っている。

 すでに傷を負っているのだろう。

 だが、剣はまっすぐに構えられ、彼の背からは一切の恐れが感じられなかった。


 ナヅナは、そっとうなずく。

 カエデの手を取り、もう一度歩き出した。


「ご武運を……」


 それは、夫への別れの言葉。

 本当は、共に戦い、共に死にたかった。

 けれど、それが叶わぬことも、分かっていた。


 唇を強く噛みしめ、ナヅナは森へ向かう。

 その足取りは、決意と未練が絡み合いながら、闇へと進んでいった。

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