1章 3

 コートを脱いだ美優は、パンツスタイルの白衣を着ていた。防寒対策か、ハイネックのインナーも着ている。

 看護師なのかと聞こうとした貴之は、また怒らせたら面倒だと口をつぐむ。


「看護師ですよ。服のことは気にしないでください。着替えずに、コートを羽織ってそのまま帰ることにしているんです」


 貴之の表情に気づいた美優が説明した。だから、まだ暖かいのにコートを着ているのかと貴之は納得した。


 結構、横着者じゃないか。

 貴之は少しだけ気が緩む。


「この手紙の件で来ました」


 美優は鞄から手紙を取り出して机に置いた。深みのある薄青の封筒だ。貴之はいつも、この露草色のレターセットを使っていた。


「三井節子様……、ああ、入院中の老婦人に宛てた手紙だ」


 思い出した。

 依頼人は大学生の孫だったはずだ。入院している祖母を励ましたいという内容だった。


「そうです、あなたのせいで節子さんが気落ちしてしまったんです」

「きみは三井節子さんの孫?」

「違います、看護師だって言ってるじゃありませんか」


 では、客ではないのか。


 貴之は事情を察して、どっと疲れる。美優を追い出して二度寝したくなる気持ちを抑えた。


 美優は三井節子の担当の看護師なのだろう。おそらく、節子宛ての手紙を読んで、自分勝手な義憤にかられて事務所に押しかけて来たのだ。それで睡眠時間を削られたのではたまらない。


「その手紙の内容は依頼人が確認している。了解を得て郵送したんだ。もう終わった仕事だ、帰ってくれ」

 貴之はビジネスモードを解除した。ソファに寄りかかって足を組む。


「なんですか、その態度は」

 貴之の態度の急変に、美優は大きな目をキリキリと尖らせた。


「あなたが考えた文面なんですよね。もらった相手が喜んでいないのに、申し訳ないと思わないんですか?」

「思わない。おかしな文章を書いた覚えはないし、あくまでも俺の客は、金を払う依頼人だ。依頼人が伝えたい手紙を書くのが俺の仕事だ」


 あとは当人同士の問題だ。アフターケアなんて請け負っていない。もし必要があるのなら、追加料金をつけねばなるまい。


「さあ、わかったら帰ってくれないか」

 貴之が再度お帰り願うも、美優は俯いたまま動かなかった。


「ここで帰るわけには……。想定していた最悪のケースだけれど……。ちょっと強引だけどプランDに……」

「なにをブツブツ言ってるんだ?」


 プランがどうとか聞こえたが。

 やっと美優が顔を上げると、眉を寄せる貴之にキッとした視線を向けた。


「氷藤さん、これを見てください」


 美優は封筒から便箋を取り出した。

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