想い出とランキングと(1) [酒と煮卵]
十数年前の話だ
何故、僕は怒られているのだろうか。何故、僕は怒鳴られているのだろうか。僕が悪いことを何かしたのだろう。そうか、僕が悪いのだろうきっと。
機嫌が悪いのはきっと僕の態度が気に食わなかったのだろう。僕が悪いから怒られる。普通のことだ。謝らないと更に怒られてしまう。
「ごめんなさい」 「二度とやりません」
何度このセリフを言うのだろう。違うことなのだから二度目な訳ではない。だが、なぜ言わさせられるのだろう。約束するのだろう。
僕が悪い子だからなのだろう。
許しを請わなければならないのだろう。
当時僕は六つの子供だった
子供というのは親を見て育つ。そういうものだ。怒るときに暴力を持って制すれば子供はそれが正しいと思うだろう。怒るときに怒鳴れば怒鳴られるということは自分が悪いことをしたのだと思うだろう。言葉遣いが汚くなると機嫌が悪く怒る直前だと言うことも学ぶだろう。そんなことを覚えた子供は他人の観察をしなければ生きていけないのではないだろうか。僕みたいに。
常にではないがふとしたとき他人の機嫌を伺っている。癖なのだろう。仕方のないものだ。子供の頃の癖とは本当に治らないらしい。そんなくだらないことに思考を傾けていれば同僚が此方に歩いてくるではないか。
「なあなあ、今日飲みに行かね?」
何かと思えば飲みの誘いだった。確かにそろそろ終業時間ではないか。だがしかし僕はイベントの幹事を押し付けられたせいで忙しいのである。勘弁してくれ佐山。僕はやらねばならぬ準備が沢山あるんだ。
「残念だが忙しいな。やることがあるから今度じゃ駄目かい」
「忙しいのか。そりゃ残念。お前休んでんのかよ、なんかやつれてるぞ」
一目見てやつれているとはしつれいな。死んだ魚の眼ではないぞ。
「声に出てないけど顔に書いてあるぞおい。そんな死んだ魚の眼するなよ」
「もとからだろ」
ついついこいつの前では顔に出る。しょうもない話ばかりしているせいだろう。だがまあ面白いので良いのだが。
「あ、そうだ聞けよ」
まだ仕事中だというのに此奴は
「嫌だ」
「早いなおい。いいから聞けよ」
「仕事中なんだがなぁ」
「いいだろ別に」
「良くないんだけどねぇ」
「まぁまぁ、今年の我が部署狙われている男ランキングが出てな?」
「なるほど帰れ」
「待てってば」
「待たん」
パソコンに視線を戻せば椅子をひっぱられた。
「なにしやがる」
「だから最後まで聞けよ」
「俺は関係ないだろう。去年ワースト。冷酷無比ランキング一位、顔だけは良いランキング一位の俺には」
哀しきかな、自分で言うと憐れに思えてくる。全くの無実だ。誰が冷酷無比だというのだ、これでも中高では優しいと言われていたのに。そしてモテたというのに。まあ、誰とも長続きしなかったのだが。
「ああ、もうお前ってやつはせっかちだな。今年のランキング一位お前だぞ」
矢張り此奴は俺を弄びたいだけのようだ。無視しよう。
「阿呆らしい」
「アンケ此処にあるぞ」
「嘘だろおい」
我社には年に一度謎のアンケがある。
男女共のアンケだ。近年はもっぱら狙われている男ランキングが人気だ。盛り上がるのは毎回のこと。去年の俺の順位は狙われている男ランキングでは中盤、怖そうなランキング一位、顔だけはタイプランキング一位だったのだ。哀しきかな顔だけはと言われたのだ。ランキングで。つまりは皆公認、顔だけ男という評価なのだ。それなのに何故。
「おい、アンケ寄越せ」
「ほいほい王子様の仰せのままに」
渡されたアンケを見れば本当に自分の名前が書いてあるではないか。何たることだ。
「何があった、、、、」
「我らがお姫様こと辻川嬢がお前に助けられたことを語ったらこうなったらしい」
「助けた、、とは、、辻川さんと特に関わってな、、、ぁ、、」
思い出した、アンケが始まる数日前に自分は書類をぶち撒けていた辻川さんに会っている。そして手伝った上で運ぶのも一緒にやった。
「書類を集め運んでくれた王子様って話だぜ?」
「、、、、、まじかよ」
「まじだな。よっ、王子様」
今話題にでた辻川嬢こと辻川さんこと辻川花音は我社のマドンナ。とても可愛らしくその上で仕事もできる。愛想がある、柔らかな性格をしている、、など、まぁ、、、要するにモテるタイプの女の子だ。腹の中はわからないが。
そんなマドンナが王子と言ったのならばそりゃあ話題になるはずだ。王女が王子を指定したようなものなのだから。
どないしよ、、、、俺はのんびり穏やかライフがしたいのである。いざこざはいやだぁぁぁぁぁぁ
「一位なのにそんな顔すんなよ」
「我が平穏ライフが、、」
「平穏じゃねぇだろお前、、、」
「佐山、過去は過去だ。故に俺は平穏を望むんだ」
「お前の過去はどこぞの物語並みにやばい過ぎんだよ」
「うるさいぞ、最近の主人公なんてそんなもんだろう。大体、そして判断を間違えなければ主人公にはならないだろ」
「メタい、メタすぎるぞ。そして一位は主人公だ」
「言うな」
「王子様」
「やめるんだ佐山、俺は見なかった」
「ランキング廊下に貼ってあるぞ」
「帰ろっかな、、いや、飲みに、、」
「なんで俺が誘ったかわかるか、外でお前誘いたいおなご共が待機中」
「なんて悲劇」
「そんな悲劇」
「やめろ佐山、悲劇を増やすな」
「じゃあ喜劇」
「、、、家でやろ、、書類」
「持ち帰りかよ社畜」
「イベントの幹事なもので」
「宅飲み、手伝い人付」
「よし買った」
「お前の家でいいだろ」
「よし、佐山、酒買いにいくぞ」
「はいはい、王子様の仰せのままに」
「家にラムとウイスキーとビールはある。ストロング買うぞ」
「ついでにサワーも」
「つまみ何がいいと思う」
「鮭とばと肉」
「うずらの卵とジャーキーもだな」
「いいな。うずらの卵」
「あの、あれもなんだっけ、ラーメンの」
「メンマとかチャーシューか」
「違う、佐山。卵の方」
「煮卵」
「それだ」
「やっぱ疲れてるんだよお前」
「ど忘れだ」
「それを世の中疲れていると言うんだ」
「関係ない。王子に逆らうのかお前」
「自分で言っちゃったよもう」
「諦めが人生一番だ」
「やめろ、お前が言うと洒落にならん」
「なんでだよ」
「お前は一度過去を思い出してこい」
「断る」
「分かってんじゃねぇかよ」
「うるさいぞ佐山」
過去なぞ、思い出すのは時折でいい。それもいい思い出だけで良い。
嫌な記憶なんて思い出すもんじゃないだろう。
「ほら、スーパー閉まる前に行こうぜ」
「コンビニのチキン食べたくないか」
「流石王子、酒のつまみに詳しい」
「関係ないだろう阿呆」
「最後は余計だろおい」
こいつは置いて行っていいだろうか
「置いてったら女子にまみれるぞ。」
「人生はなぜこうも苦しめてくるんだ」
「顔面偏差」
「燃えろ」
「お前顔はいいんだから仕方ないだろう」
「佐山、お前には言われたくない」
「冴えない系男子です☆」
「ちょっと滅んでこい」
「それは王子様の命令でも無理かなぁ」
佐山、此奴は顔も声もいい系の男だ。しかし自分は知っている。此奴は人間として恐らく終わっている系人間だ。同類しか感じない。
「なんか失礼なこと思ってないか」
「同類感じるなぁって」
「お前ほど後ろ暗くねぇよ過去」
「お前学生時代もっかい行ってくるか佐山よ」
「断固拒否」
「人のこと言えないだろう」
「お前も行ってこいよ」
「断固として断る」
「このやろ、いけしゃあしゃあと」
「思い出すのは思い出だけでいいんだ。面白い思い出だけでね」
「決め台詞言ってないでコンビニ行こうぜ王子様や」
「もう片付け終わってお前待ちだ」
「嘘だろお前早すぎるって」
そう言って慌てて片付け始める。
そんな此奴は弄り甲斐もあるから楽しい。
因みに片付けは既に終わっていたのは事実である。
はてさて、、、外の女子陣を如何するのが正解なのだろうか。所詮いうところの最適解、こけなし、、、いっそ佐山を盾にしてしまえばとも思う。
「終わったか」
「パソあればいけるいける」
「ノーパソは正義」
「正義だなぁ」
「コンビニどこ行く」
「いっそ家の近くでいいんじゃないの」
「それだな」
「にしてもランキングでお前の話題を聞くとはなぁ」
「ひねり潰されたいかお前」
「物騒ですわよ王子様」
「何も悪くないだろ」
「助けたのが駄目だったのかもしれない」
「他人の善意はどうにもならないだろう」
「それはそうだけどなぁ」
他愛の無い話をしていたら部屋の出入り口なわけで、扉をとても開けたくない。
「佐山、貴様が盾になれ」
「酷くね」
「酒に誘ったのが悪い、いや、ストロング一本でどうだ」
「ものに釣られるのは癪だけど買った」
「素直でよろしい」
「なんか解せぬ」
そんなことを言いながら佐山が扉を開けると複数の女子が待っているのが見える。辻川嬢が見えたとかは気のせいにしたいところだ。とか思ってた自分も居ました。
「待ち伏せをして申し訳ありません。お二人共、宜しければこの後如何でしょうか」
「自分と佐山とですか」
「はい。此の間のお礼もしたいですから。あの時はお恥ずかしいところをお見せしてしまいました」
手を頬に当てて照れている。
いかにも嬢らしい。
「済みません。お誘いは嬉しいのですがこの後まだ仕事の残りがありまして。佐山とやる予定があるんです」
佐山、すまんが容赦なく使わせてもらう。そんな顔しないでくれ。
「あら、そうでしたか。お忙しいところお邪魔してしまいました。申し訳ありません。その、宜しければ電話番号を交換しませんか。いつかお礼をさせてほしいのです」
「自分なんかとですか」
「助けてくれた貴方だからです。それに、此度のランキングで一位だったと聞いております。二冠達成、凄いです」
「二冠、ですか?」
「お前去年ほら、、顔が良いランキング一位だったろ。今年もだぞ」
「それは知らなかったぞ佐山」
知りたくなかったの間違いではあるが。
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