第二章 四神

2-1 朱雀

 あの騒動から一週間、セインの部屋には衣装箱、ベッド、テーブルなど、生活に必要なものが次々と届けられた。途中でちょろまかす者がいないため、姉フロンが送った物資がちゃんと届いたわけだ。

 どれも高級品ばかりなので、中抜きしていた連中はよほど良い思いをしたに違いない。もっとも、その後に地獄を見たのだから、差し引きゼロ、あるいはマイナスだっただろうけれど。

 父親からは家庭教師を再びつけるか否かを聞かれたが、当面の間は断った。この世界を知るためにも、確かに勉強したに越したことはないが、今はやりたいことがあるので少し猶予を貰った形だ。

 その他と言えば、箱を一つ貰ったくらいだ。

 中には、札に使う白い短冊と、筆とインクが入っていた。

 姉からの物資に比べれば質素な贈り物だった。飽くまで修行や勉強に関連するものばかりなのが、いかにも侯爵らしいと言えた。


「この世界では、絵を描く様な平筆と、普通にペンに使うインクで霊符を書いているのか。まあ、何で書こうが構わないけど」


 墨を作る工程をセインが教えた時、料理長がおかしな目で見ていたのもそのせいだった。筆にしても毛先が固いため、その文字は太字マジックで書いたような見た目になるだろう。

 セインも、前に札を作った時は筆さえなくて指先で書いたが、どうせ筆を使えるならそれなりのものを使いたいと考えた。


 ――ここで手に入れられるとすれば、馬毛くらいだと思うけれど。どの部位がいいか、いや、そもそも勝手に馬の毛切ったら怒られるかな。


「ぴよっ、ぴぴ!」


 胡坐をかいてそれらを眺めていると、短冊の上をひよこ姿の火の玉が、ぴょんぴょんと踏みながら歩く。


「わっ! これ、そこに乗るでない」


 燃えないとわかっていても、ドキッとする。なにしろ完全に炎の塊なのだ。セインは、掬いあげるようにしてそれを手に乗せて、黄色いくちばしをチョンチョンとつつく。

 首を傾げて、クリッとした黒い瞳が見つめてくる。


「……なあ、おまえ。なんで喋らないんだ? 感じる波動は間違いなく朱雀のはずなんだけど」


 セインが熾した炎から産まれたひよこ。

 それは、間違いなく十二天将のうちの一つ、朱雀だと思われた。最終的に形代となったのが炎だったので、姿かたちがそれに準じてしまったようで、あれからもずっと火を纏ったままだった。

 もともと火神とされる朱雀なので、炎を依り代にしてもおかしくはない。ただ、なぜかずっとひ弱な「ひよこ」でしかなかった。

 あるいは、完全に生まれ変わってしまったのだろうか。


『清明様』


 物憂げにひよこを眺めるセインに、どこからともなく声がした。


『そう心配なされませぬよう。この世界で朱雀が完全体になるには、少し力が足りないだけでございましょう』


 たおやかな声ととに、七色の羽衣がふわりと宙を舞う。

 見上げるそこには、白い袖で口元を隠した美しい女性が空中に浮いていた。


「天后……いや、ゆら」


 天后とは十二天将の封印されていた八つの魂のうちの一つ。朱雀が顕現した翌日、セインが何をしたわけでもなく封印が解けたのだ。彼女は意思をもっていたので、その自我を尊重して名を与えた。

 同じ海の守護神である由良姫の名から取って「ゆら」と。


「もう晴明と呼ぶでない。この身体は、セインだ」

『さようでございましたね。かしこまりました、セイン様』


 一つ封印が解けたおかげなのか、いままでセインの身体にとどめることが難しかった妖力が、少しだけ蓄積されるようになった。


「名前……そうか、名か。名を付ければ多少なりとも自我が芽生えたりしないか?」

『どうでしょう? 先ほど申し上げたように、まだお力が……』

「うむ、どのような名前がいいかな。朱雀、火、ひよこ……」

『……』


 妙案を思いついたように、セインは手のひらを拳でポンと叩くと、さっそく名前を考え出した。たぶん、ゆらの言葉は届いてない。


「南、力、幸運なんかもあったかな、うーむ……幸に輝くで、こうきでどうだ?」

『……よろしいかと存じます』

 

 ゆらの同意を得て、セインは力強く頷いた。


「朱雀よ、お前の名前は今日からこうき、いいか、コウキ、だ。」


 ひよこを手に持ったまま「どうだ!」とばかりに頭上に掲げた。


「………………ぴよ!」


 しばらくの間ののち、セインは静かに腕を下げ、ゆらが『ダメのようですね』と、ぽつりと呟いた。 

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