1-14 炎
枯草で作られた形代は、蹴られて地面に落ちた時点で泥まみれだった。
当然ながら、ビサンドはわざわざ拾い上げたりはせず、一瞥だけすると大きな足で人形を踏みつけた。イゼルとビサンドは年の割に大柄で、それこそ上の六男ウーセの方が小さいくらいである。
セインがイゼルを恐れたのも、頑丈で大きな体格のせいもあった。ビサンドは、さらに足で踏みにじり、人形を跡形もなく壊そうとした。
式の憑依にこそ失敗したが、仮にも形代に使おうとしたモノだ。それなりの供養が必要だと、セインは処分に必要な札まで用意していた。それをあんな風に汚されては、さすがに頭に血が上った。
「その、足を……どけろ」
「な!? 兄上に向って、なんだその口の利き方は!」
セインを掴んだ手を、イゼルはそのまま押し出すように突き飛ばした。
それほど勢いはなかったが、セインは東屋から転がり落ちた。そんなに強く押したつもりがなかったイゼルは、驚いて駆け寄ろうとしたが、もちろんセインは自分からわざと距離を取ったのだ。
「聞こえなかったのか、その足をどけろ」
「こいつ、また……」
ぶつけた肩を庇いつつ、セインはそれでも素早く起き上がった。イゼルから雑音が続いたが、それを無視してビサンドのみを見上げる。
「人形の心配をしている場合か?」
ビサンドは指先に小さな炎を宿した。
いわゆる狐火というやつだ。妖狐族なら、大なり小なり使える術だ。攻撃魔法の火炎系に似ているが、正直なところ威力はそれには到底及ばない。妖術や、幻影術などの補助に使うのが基本である。
ビサンドの場合、どうやら自分より弱いものを虐げるために使うらしい。足元にあるそれは、枯草を束ねて作った物なのでよく燃えるに違いない。
どうすれば相手をやり込めることができるか、いじめっ子というのはそういう勘だけは鋭いのだ。
――それなら、いっそのこと……!
ビサンドがセインから目を離し、人形から足を離した一瞬を見逃さなかった。
イゼルにさんざん掴まれてよれよれになった袂から、セインは素早く一枚の葉を取り出した。
ぶっつけ本番ではあったが、勝負強さには自信があった。
「火よ! 疾く燃えよ、炎となれ。我が命ずる……急急如律令!」
薄く、軽いはずの一枚の葉が、まるで金属でできているかのように風を切り、ビサンドの足元に刺さった。
その瞬間、緋色の火の粉がパッと散った。
「うわ!? なんだこれ、火がっ!」
枯草の人形もろとも、ビサンドの足元を大きな炎が巻き上がった。
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