晴明、異世界へ転生する!

るう

第1章 灰かぶり公子

1-1 晴明逝く

 古いけれど手入れの行き届いた大きな屋敷の奥座敷。

 部屋の中央に敷かれた布団には、年老いた白髪の老人が一人横たわっていた。

 一見周りには誰もいない。シンとした空間だ。

 だが、見えざるモノがその場を占めていた。


「今この時をもって、お前たちの束縛を解く」


 小さく掠れた声ではあったが、同時にリンと鈴がなるような響きを伴い、一瞬空気が振動した。

 それとともに部屋を囲んでいたいくつかの気配は、消滅したりどこかへ去って行った。

 その人は安倍晴明、都に名をとどろかせた最強の陰陽師。

 これまでいくつもの死線を越えてきたが、そんな波乱万丈の人生もついに終わりを迎える。

 ここ最近の「夢見」が気になると言えば気になるが、もはや命数が幾ばくも無い彼に何ができるものでもない。今はただ、その旅路へ向かう準備をしなければならないのだ。


「其方たちも自由の身だ。私の弟子たちに仕えるのもよし、去るのも好きにするがよい」


 老いた瞳の先には、四匹の妖が残っていた。

 特に重用していた十二匹の妖。

 軽々と世に放つのは憚られるし、自ら望んだこともあって、他の八体はすでに数日前に晴明自身の魂に封じた。もちろん妖などを封じれば、その魂は穢れ、まともな輪廻転生など望むべくもなく、永遠にさまようことになるかもしれないが、それも覚悟のうえだった。

 ふっと小さくため息をついた老人を、ただ静かにじっと見つめる四対の瞳。


「……物好きな。こんな老人と一緒に逝っても面白い事なぞなかろうに」


 その決意にも似た意図を読み取り、晴明は思わず苦笑した。

 偉大な功績を残した老人は、その数日の後、たくさんの弟子や家族に囲まれて眠りについた。


 ――そうして最期の緩やかな闇に沈む中、なぜか月夜に銀色に輝く毛並みを凪かせた九尾の狐が、何かを啓示するようにゆっくりと振り向いたのだった。

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