垣間見える歴史

 目を覚ませば、見慣れぬ土しか見えない天井。

 体を起こせば、包帯が目に付く。

 誰かが、自分を運び込んで手当した、とでもいうのか。

 近づいてくる足音に警戒すれば、姿を見せたのは人間の少女。

 何かこちらに言ってはいるが言葉が違う為理解できない。

 少し寂しそうな顔をして、彼女はパンとスープを渡してくれた。

 その日から彼は、人間の言葉を学んでいく事となる。


────────


 紅茶をジャムと楽しんで、少しは落ち着いた、とリリスは深呼吸。

 そうだ、何故疑わなかったのか。

 あれだけ強いのに、魔王様に素直に従う彼女が、何かしら魔王様と繋がりがある事を。


 ”嘘”という世界すらも騙せるようなふざけた魔法を扱う彼が、何故そんな魔法を扱えるようになったか。

 ただの転醒や固有転醒ですら到達しないようなその領域は、前の魔王を倒したご褒美のようなものだったのだろう。


 目の前の九尾も同様だ。九尾にどのタイミングでなったかは知らないが、肉弾戦でSランクのマスターをしている時点で何かしらの強化があったことは明白。


 リリスのように、魅了魔法特化の固有転醒を繰り返してSランクのマスターにようやくなれた存在とは違う、ある種の絶対的な性能。


 名前が挙がらなかったハーピィはわたくし側という事でしょうね。

 残り少なくなり、冷めた紅茶を飲み干して、神楽へと視線を向けるリリス。


「残りも受け止める覚悟は出来たん?」

「でなければ初めからここに来たりしませんわ。続きを、お願いしますわ」

「続き言われてもな、もう後は今の魔王様が魔王になった事位しかあらへんし」

「魔王を倒したものが次の魔王に、ですわね」


 これはこの間麒麟きりんから聞いた事。

 魔王に固有転醒する条件が魔王を倒す事であると、先ほど聞かされ納得した情報。


「そや。ほな、こっから先は質問にでも答えよか。もううちから語る事はあらへん」


 なんかあるか? と煙管を置いてリリスを正面から見る神楽。


「魔王……という存在には、どういった意味がありますの?」

「モンスターの天辺やろ。実力で負けてりゃ従わざるを得ーへん。従わな消される」

「その存在が、何故人間の……」


 言いかけた途中の言葉の回答は、すでに出されているではないか。

 何故人間を――モンスターを狩る人間を滅ぼさず、しかも魔王自身を倒すという目的まで与えているのか。

 それに繋がる、モンスターが人間を殺してしまわないようにダンジョンなんてものを設定し、しかも人間と同じく魔王を倒すという最終目的までを与えたのか。

 全ては……人間の為。自身が元人間だったため。


 思えばダンジョンのマスターに、などという聞いたことも無い話を自分に持ち掛けたあの龍族は、何故魔王を倒す事を自分に提案してきたか。というのも納得出来た。

 人間から目を遠ざけたかったのか。

 ……一体どこから、どこまでが魔王の掌の上なのか。

 神獣すら助力をする程の、言ってしまえばこの世界に根付かせたシステムを構築するのに、どれほどの考えが、調整が、時間が必要だったのか。


「ちょっと待ってくださらない? ドラさんは初めからあんなに強い存在でしたの?」


 それはふとした疑問。最初に声をかけられたときに軽くあしらわれ、転醒の時も自分を制した存在への疑問。


「うちらの誰よりも強かったで。……いや、魔王様になる前の勇者と同じ位やったな」

「え? 勇……者……?」

「いや、童話に書いてあるやろ。勇者が魔王を倒したって」

「では、勇者と呼ばれていた存在が……今は魔王をしておりますの?」

「そう言うとるやろ」


 人間たちは、この事を知っているのでしょうか……いや、知るはずもありませんわね。


「あ、でもマデラも固有転醒はしたで? 知力と魔法に特化したのを2回、な」


 声すら出ず、口を思わず大きく開いて、リリスは神楽を見返す。


「考えてみーや。そもそも脳筋な龍族にあんな頭回る個体がたまたま産まれるか? 魔力にしたって、魔王の悪夢飲んでも暴走せーへん程やで? どう考えても規格外やろ」


 言われてみれば最もだ。そして、過去の話をマデラがしないのも、転醒により、記憶を上塗りされて忘れているからか。

 元からの強さに加えて知力と魔力も補った存在。

 ……彼女が一番魔王を打ち取れる強さに近いのではなかろうか。


「ドラさんが……魔王を倒すという事はございませんの?」

「皆無やな」


 即答で答える神楽に納得できないリリスはぶつける。


「何故ですの!? こんな、こんな、モンスターの事を一切考えていない、人間を守るようなシステムを作った魔王に、何も感じませんの!?」


 貴方方は、と拳を握り締め、少し震わせながら叫ぶ。

 人間を守る事だけに重きを置き、モンスターを下手すれば消耗品としか見ないようなシステムに、今更気付かされた自分はこれだけ怒りが沸いてきたのに、と。


「マデラに関してはそういう契約や。魔王様に忠誠を誓うとる。うちと吸血鬼に関しては、そもそも人間に神様呼ばれとった存在やからな。人間の為になるのも悪ないわって感覚や。吸血鬼はそれでも魔王を倒そうと色々やっとるみたいやけどな」


「なっ……」

「だから勇者に勧誘されたんよ? もっと人間にとっても、モンスターにとってもいい世界を作る。その為に力を貸せ言われてな」


 もう、驚く事にも飽きてきた。

 深いため息をついたリリスに、神楽は


「もうええか? なんて言うても、頭の中混乱しとるか? また今度来いや。今日出来ひんかった質問に加えて、魔王様の記憶も見せたるわ」


 と言う。

 そんなものがあるなら先に見たかった……、いや。見たところで理解できなかっただろうか。

 恐らく、九尾が説明してくれた前情報が無ければ。


「また、……来ますわ」


 ゆっくり立ち上がって、神楽の前から消えたリリスに対し、神楽は。


「なんや起こしそうやね。あん子は」


 と煙管を再び咥えて、煙を吐き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る