練習中

 とりあえず温泉とかカジノとかがある町の噂を聞いたんだけどよ? 行ってみねぇか?

 急にどうしたのよ。

 お前ら毎日動きっぱなしで疲れてるだろうと思ってさ、それにカジノがあるんだ。たまには息抜きもいいだろ。

 うーん。寄り道してる場合でも無いと思うんだけど。

 でも確かに、お風呂にはゆっくり浸かりたいかも。

 どうでしょう。あくまで噂ですし、本当に実在していたとしたら寄ってみるという事で。

 うーん、……そうだね。そうしようか。


────────


「他の冒険者達も、平和の祭典直前辺りから活発的にダンジョンを利用するようになってきています。あまり遠くない日に、ここに冒険者が辿り着くかもしれません」

「そうなる事を望んでいる」

「モンスターの補充についても、祭典後もダンジョン利用者が減るとは思えませんので、これまでよりも多くのモンスターの補充を依頼する事になるかと」

「いい事だ」


 両腕を伸ばし回転して見せたり、何やらステップを踏んだり。

 倒れては吊り上げられ、また別の動きをする人形は、おおよそ魔王様がご機嫌であるという証拠でしょうか。


「主な報告は以上です。勇者へは九尾や私も含め、他の冒険者よりは情報を与えております。そちらの方は今後も続けてもよろしいのでしょうか?」

「本人で悩み、考え、仲間の連中と相談しても答えを出せぬようであればヒントでも与えてやれ。それ以上は許さぬ」

「かしこまりました。……そういえば魔王様、側近はどちらへ?」

「ん、一つ頼み事をしている」


 姿が見えない側近の事を聞けば、なるほど、頼み事ですか。


「では、本日は以上で失礼します」

「うむ、明日からも頼むぞ。我の為に」


 魔王様に深々とお辞儀し、投げかけられた言葉を胸にしまい私は魔王城を後にする。

 その後ろ姿に手を伸ばし、何度か掴む素振りを見せた魔王は、また魔操傀儡の操作の練習に意識を戻す。

 部屋に残るのは、人形が床に倒れる音と動く時の音だけだった。


*


「なるほど。中々に手ごわい相手でございます」

「お主も中々の手練れ」


 空間に響く鋭い音は何かがぶつかり合う音か。

 魔王の側近は敵対する相手の、見た事が無い得物を観察しながら、次の戦略を立てていく。

 大きめの、僅かに弧を描いた片刃の剣、といったところですか。


 剣であれば叩き切るのが役割のはずです。硬化し受け止めて反撃に転じますか。


 そう考えて相手の振り下ろす武器を止めるために、これ以上ない程硬化させた腕で防ぎ――否、防げなかった。

 側近は知らなかった。その武器が、とある世界線では刀と呼ばれるその武器が、叩き切る目的で使用されるのでは無く、全てを断つ事を目的として作られていたことを。


 不覚、でございますね。


 斬られて宙を舞う自分の片腕を見ながら、そう反省する。


 ですが、だからどうしましたか。


 一瞬の怯みも、一切の躊躇いも無く、側近は相対する者へ全力で突進する。

 それを受け、かかってこいと言わんばかりに刀を構える存在は、僅かに口元を緩め笑う。

 今この瞬間が、全身全霊をもってお互いにぶつかり合う瞬間が、心の底から楽しいと感じて。

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