腹いせ

 ちっ、この宝箱はハズレか。

 え? でも防具入ってるよ?

 防具なんざ鍛冶の町で買えるものしか入って無い。宝箱の当たりは合成素材だ。

 高く売れるし合成に成功すれば強さに拍車がかかる。

 待って、嫌な予感がするんだけど。僕たちより前に冒険者がこのダンジョンクリアしてたよね? なんで宝箱が中身があるままなのさ。

 それは補充されているからですよ。

 …………一応聞くけど、誰に?

 ダンジョンのマスターに決まってるだろ。

 あぁ……やっぱり嫌な予感が当たったよ。

 ……カルチャーショックが多すぎるよ……ここ。


────────


 溶けるスキュラの糸。自由になる体。

 涼しい顔の姉御。燃えて取り乱す吸血鬼。

 ふむ、ちょっと範囲が広すぎましたか。

 自分のブレスのせいでネクロマンサーの姿を見失ってしまいました。


「いきなり酷いです~。謝罪を要求します~」


 地面を転がり、体についた火を消しながら吸血鬼が文句を言ってくる。

 仕方がない。

 無言で自分の手のひらに爪を立て、少し景気よく血を流してやって。

 そのまま手を吸血鬼に向けて振れば、


「きゃは~☆ ありがとうございます~☆」


 たった今までの不満はどこへやら、満面の笑みで食事を始める。


「魔力回復したならデバフをどないかしとくれ。力が出ーへん」


 糸から解放された姉御は、ぐったりと地に膝をつく。

 普通にデタラメばかりで知りませんでしたが、姉御たちってデバフ効くんですね。

 不意打ち必須ですが。


「さて~? あのくそ程調子に乗った死体使いはどこに行きやがりましたかね~? すこーしだけ怒っているので~、実力を見せつけたいんですけど~」


 吸血鬼がかなり不機嫌にそう言えば、身体にかかったデバフが消え、気怠さが吹き飛ぶ。


 ――ボコッ、ボコボコボコボコ……。


 まるで私たちのデバフが解かれるのを待っていたのか、壁から床から天井からとゾンビが出てきた。

 出てきた……はずだった。


「不可解、何が起こった」


 ゾンビを出した本人も戸惑いを隠せないのか声が響く。

 私たちの眼前には、出てきたはずの死体など、ただの一つすら無かった。


「あの~? その程度でどうこう出来ると思ったんです~? 本当に僕を舐め過ぎです~」


 先程よりさらに不機嫌に、そのデタラメはネクロマンサーに言い放つ。


「ふむ、……確かに舐めていたようだ。非礼を詫びよう。しかし、……」


 言いかけて止まる。


「どうしました~? もしかして~、?」

「――っ!?」

「そもそも出せたと思ってるんです~。それ、全部”嘘”ですよ~? というかあなたはまだ僕の”嘘”の中なので~、そこで何しようが無駄です~」


 吸血鬼……本気で怒ってますね。

 ネクロマンサーに心の中で手を合わせつつ、姉御の方へ向き直ると……。

 山のように積まれたスキュラの大軍が……。


「あかんなぁ。こないな奴らに捕まったんか……ちょい自己嫌悪やわ」


 などと言いながらスキュラをぶん殴り、山に放り投げていく。

 うわぁ、やることない。

 まぁこのまま放置でも構わないのですが……なるべくモンスターの消耗は押さえたいので、ネクロマンサーの元へ交渉しに足を運ぶ。


「先程の契約の件なのですが……」

「あ、もう少し待ってください~。まだ満足してないので~」

「却下です。早く休みたいので」


 ぷくーと頬を膨らませ、ネクロマンサーに重ね掛けしていた”嘘”を解除する。


「さてと、契約の件ですが、……結ぶか消されるか、お好きな方を選んでください」

「……傘下に下る」


 すっかり意気消沈し地面にのの字を書き始めるネクロマンサー。


「では、あなたの能力や強さ、あそこで山になっているスキュラの話を聞かせて頂けますか?」

「承知……」


*


 ふむ。

 ネクロマンサー。

 得意属性 無(ゾンビ呼び出し) 

 ステータス弱体化  弱点属性(光 炎 土)

 死体さえあればゾンビを呼び出せるが、ゾンビは動きが遅く、光 炎 土属性に弱い。

 本人の戦闘力も並み。

 魔法もゾンビ呼び出しとデバフのみだがデバフは我々Sランクにも有効な強さ。

 と。

 スキュラも普通に居るモンスターと何ら変わりがありませんし、Bランク……いえ、Cランクの上の方程度ですかね。

 デバフ使うモンスターもそんなに珍しくはありませんし。

 スキュラの糸も油断さえしなけば大丈夫でしょう。……私達みたいに。

 忘れないうちに明日にでも資料を作りに行きますか。

 各村への配布は連休明けでいいでしょうし。


「マデラー? 終わったかいな?」


 自分が吹っ飛ばしたスキュラに治癒魔法をかけながら、姉御が聞いてくる。


「えぇ、ダンジョンの中の情報は十分です。後は、このダンジョンがどの辺りに出来たのかを確認しなければ……」

「もうめんどくさいので~、化け狐のダンジョンの山辺りにぶち込みましょうよ~」


 ……それ楽でいいなぁ。

 世界に”嘘”ついてそこにあった事にするのか。

 ……使い方ですっごく便利だなぁ。その”嘘”の魔法。

 使っている奴が曲者過ぎるのが問題ですが。


「あの辺に……か。ま、ええんやない?」


 と山の頂上のダンジョンのマスターからの了承も得られましたし、


「では、神楽の社のある山の中腹に、このダンジョンはあった。という事で」

「了・解・で~す☆」


 ダンジョン内を、夜が包み込む。


*


「最初はびっくりしました~。まさかあっさり捕まるとは思ってもみませんでした~」

「がっつり油断しとったな。他のダンジョンでもあんな感じなん?」

「今回はスキュラの警戒が強かったから、ではないですかね。流石に毎回毎回あんな事にはなりませんよ」


 無事に……ええ、無事に姉御の旅館に戻って来てみれば、ツヅラオを抱き枕に満面の笑みで眠るリリスの姿があった。

 こうしてみると、ぬいぐるみを抱いたまま寝るお嬢様みたいですね。

 流石に僕は陽の当らない部屋で寝ます~。

 と吸血鬼は別の部屋へ。

 私も寝相の悪いハーピィを脇にどけ、静かに夢の世界へ入っていくのだった。

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