全力で
二人に出会ったのは最初の町の酒場だった。
子供の来る場所じゃないと言われ、引き返そうとすると人にぶつかってしまった。
大丈夫か坊主、なんて大きな手でわしわしと頭を撫でられた。
一度だけ付き合ってやる。なんて言ってくれた戦士さんと、戦士さんが連れてきた僧侶さんが、今でも一緒について来てくれているのは本当に嬉しいよ。
────────
マデラと神楽が勇者達の相談を受けている頃、のぼせた事と酔いが回った事により、ぐったりと動けないハーピィとパパラは、吸血鬼から狙われていた。
部屋の中を細かく飛び回り、隙あれば血を頂こうとする吸血鬼を。
そうはさせまいとリリスが応戦する。
障壁を張り、魔法を使い、時には直接弾いて。
リリスも酒が周り、いつもの実力は出せないでいるし、何より自分の魅了が効かない吸血鬼相手でかなり苦戦している。
それでも、それでも。
自分の配下と酒飲み仲間である2人を、本人の同意無く血を吸わせるわけにはいかない。
と酔いにも負けず、デタラメ相手に応戦しているのである。
「もういい加減に諦めたらどうですの!?」
「そんな事言うってことは~、そろそろバテてきました~?」
ツヅラオと呼ばれた妖狐には期待をしていませんでしたけど、流石にわたくし一人では限界が近いですわね。
と内心で唇を噛むも、表には絶対に出さない。
少しでも顔に出せば、あのデタラメはますます調子に乗るだろうから。と。
元々リリスの戦闘能力は並み以上ではあるが、他のSランクのマスター達には及ばない。
その魅了魔法により、あらゆる敵を無力化出来る事がリリスのSランクマスターとなった最大の要因であるし、無抵抗の相手を倒すことに戦闘能力はそこまで必要ないからだ。
肉弾戦はもとより、魔法も扱えはするが並み以上といった程度。
少なくとも、眼前のうざったい黒い跳ね回る存在を取らえられるほど速さは無く、一発で仕留められるほど威力も無い。
風呂から上がると部屋に用意されていた布団や枕を空中に浮かせ、動きを制限してみようと試みたが、逆に利用され、こちらの視界を制限されるよう使われてしまった。
「そろそろ~、お腹が空いたので~、本気出しますね~」
と言うやいなや。
速度が上がる。
下手すればハーピィに匹敵しそうなその速さは、もはやリリスがどうこう出来る速度ではない。
ここまでか、なんて諦めが頭を
「えーい! なのです!」
とツヅラオが枕を投げた。
いや、当たるわけがない。と思ったリリスだったが、すぐにその意図を理解する。
注意を引いてくれたのだ。吸血鬼の。
結果、声の方を確認する為に一瞬速度が緩んだ吸血鬼を、リリスは捉える事に成功する。
捉えると言っても魔法などでではなく、いわゆる相手の上半身に乗りかかるマウントポジションと呼ばれる格好だ。
そしてツヅラオの投げた枕が見事にヒットする。
――吸血鬼のではなく、マデラの顔面にではあるが。
ベフッなんて音を立てて、ゆっくりずり落ちる枕を見て、吸血鬼とわたくしは二人そろって爆笑いたしましたわ。
そこには、恐怖を感じる無表情で立っているドラさんが居ましたが。
*
流れが分かりませんが、とりあえず馬乗りで動きを封じられている吸血鬼が何か悪さをしていたんですかね。
……ふふふ。
「ツヅラオ、状況の説明をお願いします」
「はひっ! きゅ、吸血鬼さんが、二人の血を狙っていたのです。な、なので、リ、リリスさんが応戦していたのです。そ、それで、ぼ、僕も手伝おうと、ま、枕を、投げて……」
そんなに怯えなくて結構ですよ。ツヅラオには怒っていませんからね。
部屋を見渡せば、なるほど、リリスの魔法でかところどころ焦げたり、裂かれたりしている箇所が見受けられますね。
「リリス、そこの黒い生き物から少し離れて貰えますか?」
「え、えぇ……」
離せば逃げると思うのだが大丈夫だろうか、とリリスは思いはしたが、何分マデラの無表情がとにかく怖く、言われたままにするしかない。
リリスが離れるのと、2人のデタラメが目に追えぬ速度で動くのが同時だった。
ちょ、まっ、バキッ、グシャ、だ、待って、ベキッ、バシン、どす。
ものの数秒の出来事。
見れば床に叩きつけられ、マデラの尻尾で押さえつけられている吸血鬼の姿が。
「降参です~。なので放して貰えます~? いや、本当に痛いんです~。もうしませんから~」
「直接口を付けての吸血、及び本人の許可が無い吸血は禁止していましたよね?」
直接血を吸えば、問答無用で吸血鬼へと種族を変えさせてしまうし、吸血行為自体が魔力を吸われる事と同義だ。
それに、と続け、
「先程勇者のパーティから闇の様なものに襲われたと伺いました。あなたですよね?」
「はて~? 何を根拠に~?」
何のことだ、ととぼける吸血鬼。
白々しい。
「ツヅラオ、モンスターの中で闇、もしくは影のみで行動するモンスターは記憶にありますか?」
ダンジョン課で過ごしていればモンスターの情報などそこらに転がっている。
私の記憶に影、または闇そのものなど魔王様以外に居ない。
「いえ、記憶にないのです」
二人の記憶にないという事は、可能性は2つ。
新種のモンスターか、別のモンスターが何らかの形で変身なりしているか、である。
新種のモンスターの可能性は勇者たちが生きている事で否定された。
新しいモンスターは今の世界の状況を理解しておらず、人間を殺さないという手加減をしない為である。
そして変身している可能性はもちろん、吸血鬼以外が変身している、と言った場合もあるだろう。
しかし、勇者達が手も足も出なかったなどと言うふざけた強さに変身出来るモンスターなど限られてくる。
そして極めつけは、吸血鬼が血を吸おうとしている事と、”嘘”をついていない事である。
彼の魔法を使えば、簡単に血が吸えているはずで、それをしなかったという事は、それだけ消耗しているという事だ。
……自分より弱くしたとはいえ、魔王様を
「あっさりばれちゃってますね~。楽しかったですよ~? 人間が絶望していく様を見届けるのは~」
キヒヒと気味の悪い笑いをし、彼は言う。
「久しぶりに楽しい充実したイタズラでしたよ~?」
と。
こいつ、……本当に一度潰しておいた方がいいのでは?
なんて思っていると、ワインを片手に姉御が登場。
「あんたら何しとるん? ほら、蝙蝠。ワイン持ってきたで。」
「きゃっほ~。ありがとうございま~す」
がっちりと押さえつけていた筈なのに難なく抜けられ、ワインに一直線。
そんな様子を見ながら、私とリリスとツヅラオは同じタイミングでため息をつくのだった。
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