エマージェンシー

 月を見ながら今日も一献いっこん

 トクトクトクと幸せの音が耳に届く。

 と、そこにちょこんと現れたのは2人の妖狐。


「神楽様神楽様、僕もツヅラオみたいな名前がいい」

「神楽様神楽様、私もツヅラオみたいな名前がいい」


 息ぴったりの二人は、動きも言葉もやや早口なところもぴったりシンクロして神楽に言う。


みずのえつちのえもええ名前やんか。どこが不満なん?」

「「もっとかっこいいのがいい!!」」

「あんな、名前には特別な意味があるんやで? 壬も戊もかっこいい名前よ」


 はぁ、と少しため息をつき神楽が二人をなだめる。


「じゃあツヅラオってどんな意味ー?」

「どんな意味ー?」


 チビッ子の相手は疲れるな、と煙管に手を伸ばし、煙をプカリ。

 そらもう特別な意味込められてんで。

 な、九尾ツヅラオ

 今宵は少しやかましいか?

 と二人を尻目にお酒をちびり。

 神楽の思いを、ツヅラオは未だ知らず。


────────────


 素直に驚いた。

 人間の言葉には猫の手も借りたいなんてものもあるらしい。

 だが私は断言する。

 絶対狐の手を借りた方がいい。

 ツヅラオが手伝いに来るようになり2週間程経った頃、それまでのいつもの職場、いつもの仕事が激変した。

 彼はとても真面目で、誰よりも早くギルドに出勤し、床の掃除ギルド内のテーブルの掃除をしてくれる。

 皆に尻尾を触られる事にも慣れてしまったらしく、休憩に行く前に声を掛けられ、休憩中はずっとモフられていたという事がほぼ毎回。

 ダンジョン課の仕事も覚えるのが早いし、何より数字に強い事が助かった。

 これまでウンウンうなりながら私がこなしていた計算は、彼は暗算で資料を見ただけで終わらせてしまう。

 冒険者受けもよく、初めこそ声が小さく俯いてしまっていたりはしたが、最近ではしっかり対応出来ていると言える。

 尻尾や耳もうまく隠しているし、休憩中に一息つけばよほどのことが無い限り人前で見せてしまうこともない。

 おかげさまで私は、彼に窓口を任せ、自らダンジョンを訪問し、現場の声を聞く、なんて事も出来るようになっていた。

 姉御には感謝せねば……何か頼まれごとをされたら快く引き受けよう。

 特に最近冒険者の出入りが多いと報告の上がっていたダンジョンへの訪問も終わり、やや日差しが高くなった頃、お昼の為にギルドへの帰路に着いた次第である。


「流石に冒険者の流行り、なんて把握できませんよね……」


 誰にも聞かれないだろうし、と一人で愚痴をこぼす。

 何でも、ダンジョン内のタケノコウサギの角が最近人気のアイテムらしく、タケノコウサギの生息するダンジョンに冒険者達が多数詰め掛けているらしい。

 額にぴょこりと角の生えたモンスター

 足が非常に早く、角には微小ながら風属性を宿す。

 ランクはE上位からDの中位位まで、幅広く生息し、ある程度の環境には適応するため、今の所絶滅した、なんて報告はないが、今のうちに少し警戒しておいた方がいいかもしれない。

 魔王様に伝えておきますか。

 険しい山の獣道をスーツで移動したため、ところどころ傷ついては居るが、まぁ、魔法で何とでもなりますし。と特に気にせずガッサガッサと草をかき分け進む。

 こう道が悪いと飛んで行きたいものだが、辺りは生憎あいにく木々の生い茂る山の麓。

 羽ばたいた瞬間に枝に頭を打ちつけること請け合い。たんこぶで済むとは到底思えない。

 何より、初速が初速であるし……。

 故に、人間ならば跳ぶ……というよりはぶという表現になりそうなほどの速度で、山を駆け抜けていく。


 *


「ただいま戻りました。何もありませんでしたか?」


 無事ギルドにたどり着き、ツヅラオへと尋ねる。


「おかえりなさいなのですマデ姉。特に……あ、タケノコウサギの補充依頼が結構な数来てましたのです」

「でしょうね、本日聞いて回ったダンジョンでもそう問題になってました」


 事の経緯をツヅラオにも説明すると、


「その流行って感覚が分からないのです、……何か意味があるのです?」


 ともっともな疑問を口にするツヅラオ。

 その気持ちわかりますよ。私も人間の流行なんて感覚、初めて聞いた時は目が点になりましたし今でも理解していませんから。

 ですが……、


「聞いたところによると、脱初心者のあかしの様に冒険者で扱われているそうですよ。ダンジョンのランク的にもタケノコウサギの強さ的にも」


 困った事にこういう、いわゆる見得を張りたい冒険者は結構数存在しているし、彼らの流行廃はやりすたりは本当に早い。


 最初は躍起やっきになって対策を講じようと努力をしましたが全て無駄でした。

 予測出来ないんですよね本当に。


「ちょっと一服に行って来ますね」

 とツヅラオに告げ、防炎室へ。

 ――すると、


「あの、……僕もついていっていいのです?」

「何か用でもありますか?」

「いえ……その……炎吐いているのを見たい……のです」


 ツヅラオに、そうせがまれてしまった。


*


「おぉ~……かっこいいのです~」


 目をキラキラと輝かせ、私の吐く炎を前にはしゃぐツヅラオ。


「そんなに見て楽しいものですかね?」

「はい! あ、……その……僕、狐火がまだ扱えないので……火とか見るのが……好きなのです」


 と俯きながらそう零す。

 狐火……文字通り妖狐種の操る火、扱う個体により色や大きさ形が変わるという。

 てっきり生まれつき使えるものだと思っていたが、ツヅラオの反応を見るにそうではないらしい。

 戦闘はからっきし、と姉御が言っていたが、こういう事を言ったのだろうか。

 最後に盛大に吐いてやろうと大きく息を吸い込んだタイミングで……大地が大きく揺れた。

 それは、私やツヅラオ、つまりモンスターですらバランスを崩すような揺れ。

 落ちてくるものは無いはずだが、とりあえずツヅラオを腕でかばって揺れが収まるのを待つ。

しばらく続いた揺れも次第に収まっていき、やがて完全に止まり……。


「びっくりしましたのです。大きな地震でしたのです」


 地震……?

 ーーッ!


 その言葉を聞き、私は無言で――建物に配慮し、ギリギリ壊さないだろう程度の力を込めて全力で駆ける。


 目的は……建物の外ッ!


「マデラ!外ッ!」


 その途中、ミヤさんが私を見かけるなり叫ぶ。

 分かってますよ!だから急いでるんですってば!

 ようやく外に出て辺りを見渡して。

 見つけた! いや……見つけてしまった。が正解だろう。

 地震というのは、大きな揺れの前に小さな揺れが来るものだ。

 私は何度となく地震を経験し知っている。

 そして、どんな小さな揺れでも察知できるし、大きな揺れの発生源も揺れによって大体わかる。

 下手すればモンスターの仕業の可能性さえある地震は、ダンジョン課に勤める私にとって立派な情報だ。

 しかし、先ほどの地震は事前の小さな揺れを感じていない。つまり……

 ツヅラオに言われるまで違和感を覚えずに地震と思った自分がうかつですね。

 と、ほんの僅か前の自分に歯噛みして。

 今日は……残業になりそうですね。と心の中で今度は苦虫を噛み潰す。

 視線の先には大きな山。

 その中腹辺りから天へと向かって光の柱が立っている。

 中心に、ドス黒い柱を囲うように、覆うように、おそらくダンジョンがあるであろうそこに降り注いでいた。


「はぁ……調査……頼めるかい?」


 いつの間に後ろにいたのかミヤさんがため息交じりに聞いてくる。


「頼めるも何も、私以外には出来ない仕事ですので。仕方ありません」


 と、本当に仕方がない事だと理解しているため、そこに葛藤は無い。

 過去に4度、同じような状況に出くわしたことがある。

 ある時は海、ある時は建物、ある時は廃村、そしてある時は……姉御のダンジョン。

 あの光の柱と大きな揺れの示す出来事はたった一つ。

 転醒……である。


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