二人になりました

  辺りはすでに真っ暗で、ギルド内にはポツンと小さな灯りが一つ。

 その灯りの下には、ミヤジ・ローランドが何やら書類とにらめっこの真っ最中。

 ため息ばかりが辺りに響くが周りには誰も居ない。

 もう、誰も居ない時間なのか。

 まだ、誰も居ない時間なのか。

 どうすっかなーと、半ば無意識に出たつつぶやきは。

 当然自分以外に答えられる者はおらず、空しく空間に溶けるのみ。

  思わず書類を机に置き、重い足取りで喫煙所へ向かう。

  残された書類には、


【冒険者の素行、目標、育成について】


 と題された、過去のデータや最近の傾向など。

 なるほど、誰が読んでも頭を抱えたくなるような内容の書類だった。


────────


 一瞬あっけに取られていました。

 故に、


「へ?」


 と間抜けな声を出してしまったのも仕方がないでしょう。


「ですから……その……お手伝いに……来ましたのです……」


 プルプルプルプル。

 恥ずかしいからなのか、帽子をぎゅうっと握りしめ。

 小刻みに震えて俯いてしまう少年。

 すると、力を入れ過ぎたか、ズルッと帽子が思いっきりずれる。

 その勢いでバランスを崩し、カウンターにゴンッと勢いよく頭をぶつけ……。

 帽子の下からピョコンと飛び出したのは、先端だけが僅かに白く、残りの全体は瞳と同じく見事な翡翠色の狐耳。


「うぅ……痛い……のです……」


 ぶつけた場所をスリスリとさすり、ハッと気が付いて慌てて帽子を被り直すも、時すでに遅し。

 勢いよく頭ぶつけた音でギルド内のみんなが注目してましたからねー……。

 さてと、とりあえずは……。


「お名前を教えて貰えますか?」


 と先程までの一連の動きについては特に何にも触れずに、ニッコリ笑顔で眼鏡を上げながら少年へと尋ねる。


「あ……えと……つ、……ツヅラオって、名付けて貰いました……のです」


 テヘっとちろりと小さな舌を出して笑うその姿は……。

 何、このかわいい生き物。と周りに思わせるには十分でした。

 とりあえず、姉御の所から来たお手伝いさんであることを確認出来ましたし、ギルドの皆に挨拶巡りと行きましょう。


「神楽さんの所から来てくれたんですよね?」


 一瞬姉御と出かけそうになった、アブナイアブナイ。


「はい! そうなのです! かか、……神楽さんから、見聞を広げてこいと送り出して貰い、このギルドのダンジョン課にてお手伝いをさせていただく事になったのです」


 何故だか一同から拍手が上がる。

 さっきまでプルプル震えていたかわいい生き物が、自信満々に大きな声で言ったという事実に。

 ああほら、事情を全く知らない冒険者さんもポカーンとしながら拍手してますし……。


「テヘヘ……」


 照れながら頭を掻いているその姿が、あぁ、もう! 本当に可愛らしい事この上ない。

 何やら得も言われぬ感覚に襲われていると、ドロンと変な擬音が聞こえたかと思えば。

 何故だかお約束の様な煙がツヅラオを包みこみ……。

 煙から姿を現したツヅラオには……自身の体と変わらないくらいの大きさの、大きく立派な尻尾が一本。

 例に漏れず本当に綺麗な翡翠色の毛色に、よく手入れされ、しっとりとした艶があり。

 何より恥ずかしそうに自分の尻尾を抱きしめて、何とか隠そうとするその様が愛らしくて愛おしくて。


「「キャー!!」」


 なんて声を上げながら、ツヅラオの事を見ていた他の課の女性たちが、ツヅラオに向かって突進猛進。

 あっという間に囲まれ、触られ撫でられ握られ揉まれ、もみくちゃ……いえ、モフくちゃにされて目を回すツヅラオ。

 無抵抗なのをいいことに、尻尾や耳を好き放題他の女性がモフっているのを見ながら、ミヤさんに視線で助けを求める。


「ウオッホン!」


 そんな私からのSOSを受け取ったミヤさんの咳払いを合図に、皆バタバタと目にも止まらぬ速さで自分の席に戻り、仕事を再開。

 心の中で、ミヤさんに全力のありがとうの意を思いつつ、


「大丈夫?」


 とツヅラオに声をかければ。


「人間……怖いのです……人間……怖いのです」


 目を回しながら虚ろにそう呟くツヅラオ君。

 私だって触りたかったのに……なんて、思ってませんよ? 

 ――少ししか……。


「お、……落ち着いたのです。……えと、お姉さんがマデラさんで合ってますのです?」


 若干人間語の語尾がおかしい気もしますが、まぁこの程度なら十分合格点……、というか花丸満点5つぐらいですね。

 文法も、発音も特に変なところはありませんし。

 何より会話がまともに成立するだけで十分です。


「はい、神楽さんから聞いたのですね? マデラ・レベライトと申します。これからよろしくお願いしますね」


 にっこり笑って私が差し出した手を、


「はい! まだ修行不足、浅学寡聞せんがくかぶんの身ですが、日々精進しますのです! よろしくお願いしますのです!」


 と両手で握り返して、


「マデラお姉ちゃん!」


 私の目を真っ直ぐ見据えて呼ぶ。

 オネエチャン……? アハハナニヲイッテルンデスカネコノコハ……。

 まるで抗えない力でも働いたかのように、私は無意識に、音も無く、そっと膝をついて……彼を抱きしめていました。

 例えるならば……そう電気属性の最上級魔法でも喰らったような衝撃が私を襲ったんですよ本当です信じてください。

 そんな私の頭を、大きな尻尾と小さな手のひらでよしよしなんてしてくるこの子が悪いんです。

 ふぅ……。

 とりあえず落ち着きました。

 一通り仕事の説明と、無事間に合ったマニュアルに合わせて、まずは一緒に仕事をしますか。

 口笛ふいたりしてはやし立てる周りは無視しながら、ですが。


「では、さっそく仕事に取り掛かりましょう。」

「はい! お姉ちゃん!」

「出来ればお姉ちゃんと呼ぶのはやめて欲しいのですが……」

「そ、そうですか……ごめんなさい…なのです」


 そう落ち込まれると、その……罪悪感が……ですね?


「では、マデ姉ではいかがなのです?」


 あまり変わってないような気もしますが、先ほどの顔をされると罪悪感が凄くて……。


「それで構いません」


 としか言えないでしょう。

 決して私の趣味ではありませんからね。

 決して。

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