こちら冒険者支援ギルド『ダンジョン課』

女子会にて

　女子会のお誘いを受け、きっちりと定時退社し一旦家へ。

　手紙を貰う前から定時退社をする為に、仕事を捌（さば）いていましたが、飲み会……おっと、女子会お誘いを受ければ尚更（なおさら）やる気が出るというものです。

　そして勝手な持論ではあるが、こういう飲み会の時は少しでも何かお腹に入れておくに限りますね。

　すきっ腹にお酒など直ぐに酔ってしまいますから。

　……決して私がお酒に弱いというわけではありません。

　自然と飲むペースも、飲む量もとんでもないことになるんですよ。

　飲み会と言うものは。

　朝食として食べ、残っていたスープとパンをお腹に入れ、流石にスーツでは……と思いまして――。

　着替えるとしましょう。

　パステルカラーのブラウスにカーディガン、デニムに着替え、姿見で変ではない事を確認しいざ――女子会（ぐちたいかい）へ。

　*

　指定された町の指定された酒場。

　中央街の北に位置する連なる山々。

　その麓（ふもと）に位置する村は、モンスターも利用できる酒場がいくつか存在しており、大体のモンスターの飲み会はこの町で行われる。

　まぁ、飲み会をしたがるモンスターなど数えるほどしか居ませんが……。

　すでに陽が沈みかける時間であり、酒場に入れば、数組の人間と数人のモンスターが酒を楽しんでいました。

「嬢ちゃん、手加減しといてくれよー。未だにあんたのダンジョンクリア出来たやつ聞かないんだぜー？」

「みんナ弱いからネ、仕方ないネ」

「手加減どころか私はまだ冒険者さんの顔すら見た事ありませんのよ？　本当に来てますの？」

　屈強な男たち……鍛冶屋でしょうか。

　そんな男たちに囲まれながら話す女性――モンスターが２体。

　テーブルにはすでに、空になった木のグラスがいくつか並んでおり。

　なにやら盛り上がっているようですが……。

「すでに出来上がっていませんよね？」

　そのテーブルに着席し、エール酒を注文する。

「ア、ドラちゃ～ん。遅かったネー」

　手紙の主で女子会の企画者、大の酒好きで語尾のイントネーションが少し特徴的な彼女は。

　ハーピィ族のモンスターでありＳランクダンジョンのマスターを任せています。

　昨日来た吸血鬼に嫌がらせとしてまず勧めた塔型のダンジョン。

　その最上階にて待機して貰っている。

　本気を出せば私ですら目で追えなくなるほどスピードが速く、そのスピードのみでＳランクのマスターを任された化物（デタラメ）。

　主な担当は装備やモンスター等の運搬。

　魔王城から各ダンジョンへモンスターを運ぶ際、彼女らハーピィ族に任せてるんですよね。

「ドラさん？少し遅いのではありませんこと？」

　うまく鉤爪（かぎづめ）をグラスにひっかけて酒を飲むハーピィを尻目に、お嬢様口調でこちらに軽い文句を言ってくる彼女は。

　サキュバス族のモンスターであり、多くの冒険者を魅了し、倒した経験から最上位種であるリリスに転醒（てんせい）した存在。

　夜型ではあるが、先の吸血鬼と違い陽の光りを浴びても平気な為、この町にある山の頂上に建てられた建物型のダンジョンを任せている。

　当然Ｓランク。

　魅了魔法を得意とし、今のところ彼女の魅了魔法を自力で解いた、あるいは耐性を持ってかからなかった人間は皆無。

　しかも範囲はダンジョン全域にすら及ぶらしく、一歩踏み込んだら朝チュンで町の道路で寝ていた……なんてことが頻発しているらしい。

　主な担当はモンスターのリラクゼーション。

　サキュバス族ですし、彼女らの種族は総じてそういった行為が得意なようで。

　……ちなみに、以前に彼女の魅了を防ぐ防具の所在を聞いてみたところ、

「わたくしの守っている宝箱の中身がそれですわ」

　と言っていた。

　故に、今現在、生まれつき魅了耐性がぶっ飛んでいなければどうにもならない怪物（デタラメ）。

「一応言っておきますが、中央街とここは、それなりに距離が離れていますからね？」

　予（あらかじ）め頼んでいてくれたらしい干し肉を肴（さかな）に、持って来て貰ったばかりのエールをあおる。

　もちろん、乾杯は済ませました。この子達にさせるとグラスが運ばれてくるたびにする羽目になりかねません。

「仕事は早く終わると言っていたではありませんか」

「あなた方の様に冒険者が挑戦中でなければ自由な方々と違って、お役所仕事には定時というものがあるんですけど」

「いヤ？　私たちもそんなに暇じゃないヨ？」

「どこかの誰かさんと魔王様との契約で、人間の街に卸（おろ）す素材なども探さなければなりませんし」

　そう、たびたび出てきた契約という単語と、なぜ彼女らのような人間にとって脅威でしかない強力なモンスターが、ダンジョンマスターなる仕事を受け入れているか。

　一つは簡単。魔王様（じょうし）の命令（りふじん）だから。

　そしてもう一つは、人間たちと契約しているからである。

　昨日の吸血鬼もそうであるが、基本的にモンスターは野心家である。

　魔王様を超えたと思えばすぐにでも下克上を狙う輩（やから）ばっかりである。

　そして魔王様もそれを許している。

　でも今の力では到底歯が立たない――ではどうするか。

　強くなるしかない。

　ではどうやって、と、ここでダンジョンマスターの話になる。

　ダンジョンに挑んだ冒険者を撃退すれば経験値になり、いずれ自分は強くなる。

　それを繰り返して転醒（てんせい）したのがリリスであるし、彼女だってまだまだ強くなれると自負している。

　しかし、まだ足りない。

　もっと冒険者が挑んで来てほしい。

　そこで、モンスター側はダンジョンマスターとして、適度に冒険者をボコり経験値を得て村に返す。

　命を奪ってはいずれ冒険者が居なくなってしまうかもしれないという懸念から命までは奪えない。

　しかし人間達にダンジョンがクリア不可能だと思われてしまうと、誰も挑んでくれなくなる。

　ならば自分たちしか採取出来ない素材を人間たちに卸し、より強い装備を作って貰えば、人間はそれらの装備で強化し、また挑んでくれるかもしれない。

　この町は鍛冶が盛んな街であり、大体の装備はここで生産される。

　――何故この町にはモンスターが利用できる酒場があるのか。

　ここにモンスター達がこぞって素材を卸しているからに他ならない。

　そして、素材を卸してもらった鍛冶屋や道具屋は、モンスターにお礼として食事や必要なものと交換する。

　これが契約。

　どのダンジョンマスターにもダンジョンマスターになる時に必ず説明する大事な部分であり、必ず守って貰わなければならない重要な部分である。

　そんな訳でこの町の人たちはかなりモンスターにフレンドリーである。

　いきなり背後から襲い掛かってきた。などという事はない。

　まぁしかし――人間からしてみれば、魔王という、いつ自分たちの暮らしを脅かすか分からない存在が有り、何故だか分からないが、モンスターが全員その座を狙っていて。

　さらに、そのモンスター達が装備の素材を提供し、挙句の果てに、人間たちが強くなる手伝いを命を奪う事無く行ってくれるのである。

　最初は話がうますぎて罠だとがっつり警戒された。

　私だってそう思う。

　しかし魔王様の必死の説得（おどし）と私の粉骨砕身の働きにより、今の体制が築かれた。

　最初は忙しかったんですよ？

　ダンジョンの管理なんて当然していない、モンスターはまばらでどこにどんなモンスターが居るなんて把握すら出来ていない。

　統制もされていない、強いモンスターは誰であるのか分からない。

　何度現実逃避しかけたか。

　あの頃は毎日涙で枕を濡らしていましたよ……。

　そんな訳でこんなお酒の場は……愚痴（ぐち）大会となる。主に魔王様の……。

　*

「そういえば今回は３人なのですか？」

　いい加減愚痴も吐き飽きて、追加で頼んだエール酒の数が二桁に到達しそうな所でふと気になったことを尋ねる。

「いヤ？　あと二人に声をかけたヨー？」

　あと二人……ラミアやスキュラ辺りでしょうか？

　そう言えばあの二人に最近お会いしていませんね。今度訪ねてみるのもいいかもしれません。

「あの方々は……一人は完全に陽が沈まないと移動すら出来ませんし……後の一人は時間にルーズ過ぎていつ来るのか分かりませんわ」

　誰を呼んだのか知っているのかリリスがそんな事を言った時である。

「すっみませ～ん☆　遅くなっちゃいました～☆」

　酒場の扉から入ってきたのは、キュピーンという擬音が聞こえてきそうな決めポーズを取った――つい昨日顔を合わせたばかりの吸血鬼（デタラメ）であった。