厄介事
そういえば自己紹介がまだな事を忘れておりましたね。
モンスターは基本的にお互いを呼ぶときは種族で呼び合いますのであまり気にしませんでした。
私は一応人間と共に働いておりますので、人間に習って呼び名を自分で考えました。
――魔王様から助言を少しいただきましたが。
『マデラ・レベライト』と呼んでいただいております。以後お見知りおきを。
何故このタイミングで自己紹介なのか。と不思議に思われるかも知れませんが、 ――まぁ昨夜寝る前の祈りが届かなかったからで……。
言ってしまえば[面倒なこと]が起きてしまったわけで。
「なぁ、マデラさんよぉ!聞いてんのかよぉっ!」
ダンジョン課の窓口のカウンターを拳で叩き。
そう私に向かって吠える2人組の冒険者に私の名を呼ばれた時に、そういえば自己紹介をしていなかった。と思い出した次第でございます。
遅ればせながらも自己紹介が出来たのはこの二人のクレーマーのおかげという事にしましょう。
ちっともありがたくありませんし、何なら殺意すら浮かびそうですが……。
*
朝、いつものように出勤し。
夜の内に送られてきていた書類の量が、昨日の3分の1程度しかない事に喜び。
書類の内容も前日の様に、「ダンジョン壊滅」だの、「ダンジョンマスターからの転属願い」等という面倒臭さ極まる報告書も無く。
宝箱の中身になるアイテムの補充願いや、モンスターの補充願いという書類仕事と。多少の肉体労働で済むいつもの仕事内容ばかりだった為に上機嫌で作業。
この分ならば今日も余裕を持って定時退社コースだ。と午前中に意気揚々と書類を片付けていれば。
遠くから聞こえる
人間のソレより遥かに鋭敏なせいで嫌でも耳に届く内容から察するに、普段からある、多くは無いが定期的に来る苦情を入れに来た冒険者といった所かと理解して。
明らかに不機嫌です。文句があります。
といった顔でこちらに近づいて来る冒険者二人組は開口一番に。
「あんたの仕事が
と大声で怒鳴りつけてきたのだ。
ダンジョン課に就任したばかりの頃はこの時点で喧嘩腰になり冒険者相手に口論を繰り広げていたが、私も成長をしているのだ。
成長をした私は、流石にこれだけではクレーマーなどと決めつけたりはしない。
「大変申し訳ありません。詳しい話をお聞かせ願えますか?」
とりあえず頭を下げ説明を要求。
こういう輩は何故だか知らないが頭を下げれば途端に大人しくなる場合がある。
自分が相手に頭を下げさせた。という事実に優位性を見出し、悦楽に浸りたいという考えらしい。
馬鹿馬鹿しい。と思いもするが、元から人間という種族。どんなモンスターにすら負けうる可能性のある彼らからすれば、優位に立つ。という感覚に
もっとも、それで済む様な冒険者達ならわざわざクレーマーと呼ぶ必要すら無い訳で。
頭を下げた私に降りかかってきたのはさらなる怒号。
「そのまんまだ! あんたがダンジョンのランク付けしてんだろ!? そのランクに従ってダンジョンに潜ったら明らかに適性より強いモンスターだらけだったんだ! ありゃ詐欺だ! そのせいで3か月も病院暮らしで商売あがったりだったんだぞ!」
二人組の体格がいい方、装備的に戦士系だろうか、不満をぶちまけてくる。
この距離で怒鳴りつける必要が無い。という事に気付かないのか忘れているのかはたまたわざとか。
通り過ぎる冒険者達が気になってこちらを見てくる程度には大きな声でそうまくし立てた。
「こちとらその下のランクのダンジョンは余裕でクリア出来る程度には強くなったんだ! あれが詐欺じゃないとするならば何なのか説明しろよ! ……マデラさんよぉ!」
チラリと私の胸の名札を確認し、二人組の小さいほう、装備的には盗賊系も声を荒げる。
こういった時に名前が分かってしまう。というのは考え物ですね。……いずれミヤさんに名札の是非について意見を出しておくことにしましょう。
「申し訳ございません、ただいまダンジョンの情報を確認して参ります。どこのダンジョンの事か場所を
どんなにイライラする相手でも口調を崩してしまえばそこから先に待つのは途方もない口論である事は自明の理。ならば可能な限り穏便に済ます為に私はいくらでも我慢しましょう。
さてさて、この冒険者はどこのダンジョンにてやられたのでしょうか。
「中央街はずれの湖のダンジョンだ!」
吐き捨てる様に言った冒険者はいっそ清々しく睨みつけて来ますが無視です無視。
説明だけで何となく予想がつきましたし。
確かにダンジョンは刻一刻と姿を変えます。
中に居るモンスターはもちろんの事、昨日の様にダンジョンマスターが変わったりする場合だってゼロではありません。
モンスターや冒険者の攻撃や魔法によって地形が変わる事もあれば、ダンジョンの環境に適した姿にモンスターが変異する事だって当然ありえます。
それらにいくら迅速に対応したとしても、冒険者達に情報が届くには少しばかりのタイムラグがどうしても発生してしまいますし、そのせいで今回冒険者の言い分にあるようにランクに見合わないダンジョンになってしまっていた。
というのならそれは誰のせいでも無い事故で、私はただ平謝りするしかありません。
――が。
今回の件のダンジョン
中央街はずれの湖のダンジョン
適性ランクC
主な特徴 状態異常攻撃持ちが多く状態異常耐性ほぼ必須 水属性のモンスターがほとんどである
ダンジョンマスター ヴォジャノーイ
見た目は髭の生えたカエル男である 本人曰く不死
ある程度攻撃を受けたら宝箱を吐いて逃げる様通達済み
不死性以外の脅威は少ない
ダンジョン情報を確認し、冒険者二人に目をやり、
使用している防具を観察。
やっぱりか、と一人で納得。
どうせそんな事だろうと思ってましたよ。全く……。
二人を自分の中でクレーマーと位置づけ対応の為二人の元へ。
果たして納得して頂けるでしょうか。
「大変お待たせいたしました。ダンジョンの情報を確認したところ、特にランクを変更するような出来事も起きておりませんので、あのランクで問題無いかと思われます」
「はぁ!?じゃあなんで俺等が大怪我しなくちゃならなかったんだよ!?」
こちらに非は無い。と最初に主張すると当然突っかかってきます。ですが、今回彼らが大怪我をした原因はですね……。
「失礼ですが使用なされている防具に状態異常耐性はございますか?」
状態異常対策を怠っていたから。これに間違い無いのだ。
「あぁ!?」
「見たところ防具屋で売られているままの装備のようですが、こちらで配布しておりますダンジョン情報では状態異常耐性必須ときちんと記載しております。お二人はちゃんとダンジョンの紹介を経てこちらのダンジョンに挑戦されましたか?」
私の指摘に何でそんな事を。と怒鳴ってきますが、私が続けると段々と顔に落ち着きが戻ってくるのが見て取れます。
そして断言しておきましょう。私から直接の紹介をこの方々は受けていません。
「そ、それは……」
大方Dランクのダンジョンが余裕になり、酒場などで近くのCランクのダンジョン情報を聞き、ろくに調べもせずに突撃したのでしょう。
結果、耐性が無い防具であったために状態異常に振り回され大怪我したと……。
耐性無しでマヒ攻撃や毒攻撃持ちのモンスター満載のダンジョンに突撃なんて、よく生きて戻って来れましたね。
ダンジョンマスターがよほどダンジョン内のモンスターに言い聞かせていたか。はたまたモンスター達の仕事意識が高かったのか。
今回の件で、私が紹介したダンジョンで、私がダンジョン情報の伝達ミスの結果大怪我をしたというのなら、確かに私のせいでしょう。
しかし、今回のように自己判断でダンジョンに挑戦し、大怪我を負ったというのなら自業自得としか言いようがありません。
よって、私の中でクレーマーと認定した。という訳です。
「だけどよぉ!」
いきなり自分らに非があると言われ、はいそーですか。と食い下がってくれるクレーマーな訳も無く。
まだ食い下がろうとしてきたが……。
そこにまるでタイミングでも計っていたかのように、
「お前らさ、冒険者ってのはあらゆる不測の事態に備えとくもんだ。自分らの準備が足りなかった責任を、俺ら役人に擦り付けるのはちーっと違うよな?」
のそっと私の後ろからミヤさんが会話に入ってくる。
「命あっただけマシだし、命が助かったのは彼女がそこのダンジョンのマスターと色々な契約をしてくれてるからだ。そこに感謝はあれど八つ当たりはよくはないな」
突如会話に入ってきたミヤさんに思わず、なんだ!? と食い掛ろうとする二人だったが。
ミヤさんの事を知っているのか先ほどまでの怒鳴っていた勢いはどこへやら。
「「はっ、はい!すいませんっしたぁー!」」
急に直立不動となり敬礼し、謝罪する二人。
そのまま怪我人とは思えない速度で冒険者ギルドを後にした。
後でミヤさんに、
「大体の冒険者は養成学校で俺の指導を受けるからな」
と彼らが敬礼までした理由を聞かされて。
クレーム対応……今度から全部ミヤさんに任せたいなぁ……と心から思いましたね。この時は。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます