第4章 教会本部の使者

第1話



 離れ棟にいるクロウは仲間の容態が心配で気が気ではなかった。

 ヘイリーたちが要塞へ向かってから数日。死霊の接吻の呪いを受けて身動きがとれないにせよ、大人しく待っているのは性に合わない。

 自分も何かできないかと考えた末、教会敷地内の掃除や傷んでいる箇所の修理などを行った。手を動かしていれば悪いことは考えずに済む。今は教会地下から要塞へ送る追加の氷を氷室から運び出している。


 氷を藁で包んでから荷台に積み込んでいると信者の相談を終えたケイルズがやって来た。

「わあ、ありがとうございます。そろそろ追加の氷を持っていく準備をしようと思っていたところだったので非常に助かります」

 ケイルズが感激するのでクロウは首を横に振った。

「これくらいさせてくれ。じっとしていられないし、ソルマーニ教会には迷惑ばかり掛けている」

「そんなことありません。第三部隊シルヴァには日頃から平和維持に勤めていただいておりますから。……さて、僕も氷の積み込みを手伝いましょう」

 ケイルズが氷を抱えようとしたので、クロウは手で制してきっぱりと断った。


「いや、ここは俺に任せてくれ。ケイルズにはこの氷を届けてもらわないといけないから要塞へ行く準備をしてくれ」

 今日は晴天で日が高くなれば気温も上がり、氷が溶けるスピードが速くなるだろう。いくら標高の高い山間だからとはいえ、早く持って行ってもらわなければいけない。

「分かりました。では、僕は町へ行って馬の手配をしてきます。ご存じの通り馬小屋にはロバしかいません。氷を運ぶには不向きです」

 ソルマーニ教会では馬とロバを一頭ずつ飼っている。ロバは馬よりも荷重に耐えることができるが足が遅い。運ぶとなると氷の何割かが溶けてダメになってしまう可能性がある。ケイルズはそれを危惧して町へ行って馬の手配をしようとしていた。


「それなら俺の馬を使ってくれ。どうせ俺は外へは出られないし、あいつも窮屈な馬小屋で過ごすよりも外へ出て走り回りたいだろうから」

 クロウの提案にケイルズは破顔する。

「ありがとうございます! では荷物があるのですぐに持ってきますね!!」

 ケイルズは宣言通り一旦修道院へ行ってすぐに戻ってきた。あらかじめ荷物を準備していたのだろう。両手には大きな鞄が握り締められている。

 その間にクロウは氷の積み込みを終えていた。ケイルズから荷物を受け取ってそれを荷台に載せると馬を繋ぐ。


「すぐに教会へ戻ってきますが、僕が留守にしている間はよろしく頼みますね」

「ああ。誰も入って来れないように一旦教会の門は閉めておく」

 御者台に乗って手綱を引くケイルズはこちらに手を振って要塞へと出かけて行った。

 手を振り返したクロウは教会表の鉄門を閉じてから離れ棟に戻ることにする。礼拝堂と修道院を通り過ぎ、洗濯干し場を横切れば離れ棟に辿り着く。すると丁度、洗濯干し場を過ぎたところでアスランが姿を現した。



「アスラン。今日も来てくれたのか」

 アスランは尻尾を元気よく振りながらクロウに近づき、戯れてきた。赤ん坊の頃に拾ったが身体は成体のライオンに近い大きさだ。二足で立ち上がればクロウの鎖骨あたりまでの身長がある。

 少し前までは飛びかかられてもなんともなかったが、今は迫力があり、それなりに体重もある。

 久しぶりに戯れたことでクロウはアスランの体重の予測が立てられず、飛びかかられた途端によろけてしまった。足に力を入れてなんとか踏ん張ったが下手をすれば地面に尻餅をついていただろう。


「立派になったな、アスラン」

 動物を飼ったことも育てたこともないクロウにとって、すくすくと育ってくれたことは非常に感慨深い。嬉しくなって少しだけ羽目を外して戯れていると、ポケットに入れていた加護石が地面に落ちてしまった。


 あっとクロウが声を上げた時には遅かった。楕円形のそれは回転しながら数メートル先まで転がっていく。

 ソルマーニ教会の離れ棟に来てから既に一ヶ月以上経っている。加護石の力のお陰で昼間は教会敷地内を自由に移動できるし、夜だって加護石を肌身離さず持って守護陣内の離れ棟にいれば死霊や影に襲われることはなくなった。


 今は日中だが守護陣の外で加護石が身体から離れてしまっている。

 クロウは腰を低くし、戦闘態勢に入った。ピストルを構えて周囲を警戒する。神経を研ぎ澄ませ、死霊や影が潜んでいないか、襲っては来ないか目を瞑って気配を探った。

 ところが、いつまで経っても襲ってこない。


 小鳥のさえずりや町の方からの賑わいが聞こえるだけで、死霊や影の気配はまったく感じなかった。

「どうして加護石が離れたのに何も襲ってこないんだ?」

 面くらいながらも、クロウは辺りに死霊や影がいないか細心の注意を払う。もしかするとこれは自分を油断させる罠かもしれない。そう思ったが、杞憂に終わってしまった。

「これはどういうことだ?」

 何の変化も起きないので首を捻る。戦闘の構えを解いたクロウは転がってしまった加護石を拾い上げる。腕を組んでじっと考え込むが結局答えはでなかった。


「聖力のある司教に浄化してもらわなければ、この呪いは解けないはずだ。それ以外で呪いを解く方法があるのか?」

 手のひらの加護石をしげしげと眺めながら呟いていると、アスランが撫でろと言わんばかりに頭をクロウの身体に押しつけてくる。

「ああ、すまない。アスラン」

 クロウは彼の要求に応えるべく、優しく頭を撫でてやった。

 ここ暫く寂しい思いをさせてしまったのでアスランは甘えん坊な一面が加速している。


「それにしても、何も言わずに要塞から教会に来てしまったのによく俺を見つけてくれたな。探すのに苦労したんじゃないのか?」

 アスランは顔を上げて短く鳴いた。どうやらイエスと言っているようだ。

「本当にすまない。今まで構えなかった分、後で毛並みを整えるから許してくれ」

 クロウが胸毛を撫でるとそのままアスランは地面に座って尻尾を揺らしている。抵抗しないということは毛並みの手入れで帳消しにしてくれるようだ。

「ありがとう。俺の呪いが解けたらまた一緒に樹海へ行こうな」

 すると、アスランが目を瞬いて怪訝そうな顔をして、鼻面をクロウが手にしている加護石に何度も押し当てる。クロウは彼が何を伝えたいのか分からずに困り果てた。


『アスランはもう、呪いはとっくに解けているって言いたいんだよ』

 どこからともなく現れた妖精がアスランの気持ちを代弁してくれる。

「呪いがとっくに解けている? どういうことだ?」

 呪いが自然に解消するなど到底あり得ない。クロウが首を傾げると妖精が口を開いた。

『それもこれもリズのお陰。リズが作るご飯が呪いを消したんだ』

「リズのお陰……」

 クロウは妖精の言葉を繰り返した。つまり、リズには呪いを解く力があり、彼女のお陰でクロウの呪いは完全に解けている。


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