第8話



 リズがクロウの背中を見送っているとヘイリーが声を掛けてきた。

「メライアが先に要塞へ行って看病してくれています。大人数に対してメライア一人だけではいずれ過労で倒れてしまいます。これから大急ぎで準備をして僕たちも出発しましょう」

「分かりました!」

 リズはヘイリーと一緒に薬工房へ行き、必要なものを集め始めた。薬工房は教会本部と同じような造りになっていて、少しだけ懐かしい感じがした。

 リズはヘイリーの指示に従って、てきぱきと器材を集め始める。


 すり鉢にすりこぎ棒、小鍋。その次に解毒薬に必要な材料だ。日の入り前に集めた朝露や蜂蜜、満月に咲いた夜花、リンデンフラワーなど、薬に必要な材料も集めていく。

 ヘイリーはその様子を眺めながら腰に手を当てると舌を巻いた。

「リズは凄いですね。ここに来るのは初めてのはずなのにどこに何があるのか分かっています」

 椅子に乗ってテーブルにリンデンフラワーを置いたところでリズはびくりと肩を揺らして手を止めた。

(それは私が教会本部の薬工房でお手伝いをしていたからですとは口が裂けても言えません……)

 リズははぐらかすような笑みを浮かべて答えた。


「えへへ。それは分かりやすい場所に置いてくれているからですよ。司教様が日頃整理整頓を怠らずに行ってくれているお陰です」

 リズは椅子からぴょんと飛び降りると手を後ろ手に組んで覗き込むようにして尋ねる。

「さあ司教様、必要なものはあとどれですか?」

 ヘイリーは「ええっと」と呟きながら側頭部に手をやって室内を見回した。

「必要なものはこれですべてです。手伝ってくれてありがとうございます。リズも持って行くものがあるのならこの鞄に詰めてください。私は先に馬小屋にいます」

 リズは布製の鞄を受け取ると厨房に行って必要な荷物を纏めた。

 準備が完了して馬小屋に行くとヘイリーとケイルズが荷馬車に荷物を載せていた。


「清潔なタオルとシーツ、あと、地下の氷室に保存していた氷も用意しました」

 ケイルズは荷物を積み終えると備品の最終確認をしてヘイリーに話し掛ける。

「漏れはなさそうです。司教が要塞へ行かれる以上、留守番は僕がします。気をつけて行ってきてください」

「抜かりない準備をありがとうございます。私がいない間、教会のことは頼みましたよ」

 二人の会話を聞いていると、普段から有事の際の分担が決まっているようだった。

 ヘイリーとメライアが現地へ赴き、ケイルズが教会で留守番をする。聖職者は三人だけだがうまく連携が取れているように思う。

 リズはヘイリーに抱き上げられると、御者台に乗せられた。手綱を握るヘイリーは隣に腰掛けると、かけ声と共に馬を走らせ始めた。



 ソルマーニ教会と要塞を繋ぐ道はここから一本道。見晴らしも良いので後どのくらいで要塞へ辿り着けるのか大凡見当がつく。

 半分くらいの距離を過ぎるとリズの中で緊張感が高まる。


「司教様、魔物の毒はどういった症状を伴いますか? 一般的な毒については聖学で学びましたが魔物によって症状が追加されると聞いています」

「そうですね。魔物の毒は魔物にもよりますが、スピナ周辺に生息している魔物たちが持っている毒を浴びると身体に激痛が走って息苦しい症状、高熱が多いです。毒の濃度が高いと肌に紫色の痣が浮き出てきます」

「それは……とっても恐ろしいです」

 凄惨な状況を想像したリズは自身を抱き締めるとぶるりと身体を震わせた。


(メライアと一緒に聖学を勉強しましたが、感染症ではないので他人には移りません。でも、悪い気が溜まると魔物の邪気が強まるので室内の衛生管理は徹底させておく必要がありますね)

 隊員の半分が魔物の毒にやられて壊滅状態。少しでも軽症の人から回復してもらわなくては、穴埋めで休みも返上で要塞を守ってくれている聖騎士の負担が大きくなる一方だ。

(私ができることはお掃除をして清潔な空間を保つことと薬を飲んだ後にベリーシロップを飲ませることのようですね)

 自分の役割を頭の中に再度叩き込んだリズは拳をきつく握り締めて自らを奮い立たせた。






 要塞に到着したリズはその存在感に圧倒されていた。

 高く築かれた建物は頑丈な造りで魔物の侵入だけでなく、敵兵の攻撃すらも返り討ちにできるような構造になっている。要塞という場所が新鮮に映る一方で、殺伐とした空気を肌で感じる。

 門番に通されて要塞内部へ進んでいくと、その空気はより一層濃くなって自ずと肩に力が入る。馬小屋に馬を繋いでから荷物を運ぶヘイリーと門番の後ろをついて行く。


 案内された石細工の建物の中に入ると、前を歩いていた門番がくるりとこちらに身体を向ける。

「こちらで少々お待ちください。副隊長を呼んで参ります」

 廊下を曲がって姿を消した門番は程なくして副隊長を引き連れて帰ってきた。


 短く刈り上げた焦げ茶色の髪に杏色の瞳の青年だ。頑健な体躯で背は高く、聖騎士の制服に身を包んでいるが、風貌からして傭兵のようにも見える。かといって粗暴な雰囲気はなく、彼は礼儀正しくヘイリーに挨拶をした。

「ソルマーニ教会のヘイリー司教、よくお越しくださいました。第三部隊シルヴァ隊長・アシュトランに代わり副隊長のマイロンが挨拶を申し上げます」

「長い挨拶はそこまでにしましょう。今は病室にいる患者の容態が知りたいので案内していただけますか?」

「承知しました。先に到着されたメライアさんには看病をしていただいています」

 マイロンは丁寧に答えるとすぐに病室へと案内してくれた。


 渡り廊下を通って屋内に入り、廊下を進んでいくうちに奥の方から苦しそうな呻き声が聞こえてくる。突き当たりにある扉がそうだろうか。

 リズが前を見据えながら考えていると、丁度扉が開いて中から額の汗を拭うメライアが現れた。彼女はこちらに気がつくと少しホッとしたような表情を浮かべた。

「司教、早めに来てくださりありがとうございます。マイロン様も今までお手伝いありがとうございます。あとは私たちで看病を行いますので仕事にお戻りください」

「分かりました。また、何かあればいつでも声を掛けてください」

 マイロンは一礼してから踵を返す。


 隊の半分が毒に冒されているため、前線で戦える人間の数には限りがある。その中でマイロンは人員を回して要塞を守っている。クロウに代わって重責を担っている彼が精神的に一番疲弊しているはずなのに、そんな素振りは少しも見せない。

 リズがマイロンの後ろ姿を眺めていると、ヘイリーがメライアに質問を投げる。

「メライア、騎士たちの容態はどうですか?」

 ヘイリーが状況の確認をするとメライアが声を潜めた。

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